第4話 二人目の攻略対象者
今日のお茶会は、王宮の庭で行われる。公式行事で使われる王宮の庭は広い。平らな広い敷地に
春の木漏れ日の中、豪華な花々が咲き乱れていた。白い花が多いのはここがゲーム『白い花の咲くころに』だからなのだろう。設定がこっている。
レゼダの周囲にはたくさんの令嬢が集まっていた。
イリスはニジェルと共にレゼダの前に歩み出ると、たくさんの令嬢たちがイリスを値踏みするように見た。ニジェルは騎士の家系の美しい少年だ。令嬢たちの関心も高い。
これこれ! まるでゲームみたい!
イリスはテンションが上がった。イリスが前に生きていた世界ではこんなことを経験したことがないからだ。
「やあ、ニジェル」
「姉のイリスを連れてきました」
レゼダとニジェルはそもそも一緒に武術を習う仲なのだ。気さくな感じの二人のイケメンのやり取りに令嬢たちの関心が集まっている。そして、その脇に控えるイリスにも視線は刺さる。
では、私も悪役令嬢らしく。
イリスは演じる様に完璧なカーテシーを披露してみせる。令嬢たちは忌々しそうにイリスを見た。イリスは思わず笑う。余りにもテンプレな展開だったからである。どうやらイリスには悪役令嬢の素質があったようだ。
こ、これは楽しいかも!
取り囲まれた状態のまま、レゼダはニッコリと笑った。やはりゲームと変わらず、誰にでも平等に優しいようだ。
今ではあの爽やか笑顔ですらおそろしい……。
「初めてお目にかかります。イリス嬢。お話はニジェルから聞いていますよ。お加減はいかがですか?」
レゼダはほほ笑みを湛えたままだ。
「ご心配痛みいります。レゼダ殿下。ニジェルの話した通りでしかありません。改めてお耳に入れることなど何一つございません」
イリスは話題をぶった切った。不遜な物言いに、周りの令嬢から非難の声が上がった。
しかし、イリスとしてはギリギリ処罰を受けない範囲で嫌われておきたい。不敬すぎるがこの程度ではレゼダ殿下が怒ったりしないことをゲームで知っていたからだ。
まぁ、知っていてもドキドキもんだわ。
イリスがそのまま下がろうとすると、レゼダ殿下の後ろでたむろしていた令嬢の一人が、口元を扇で隠しながらイリスに声をかけた。
土痘にかかる前は何度かお茶会であったことのある令嬢たちだ。病気の後はパタリと会うこともなくなっていた。
「あら、とても素敵な手袋ですこと。よく見せていただきたいわ」
その言葉に周囲の令嬢たちはクスクスと笑った。腕丈のオペラ・グローブは子供だけのお茶会には不自然で目立つ。だからか手袋で痘痕を隠していることを感づいていて、笑いものにしているのだ。イリスは内心ムッとしつつも、柔らかに微笑んでみせた。
「どうぞご覧ください」
優雅に左手を差し出せば、その令嬢は一瞬言葉に詰まり、忌々しそうに左手の手袋の指先を摘まんでみせた。まるで汚いものでも扱うようなそぶりで、手には触れないようにしているのが分かる。
こんな差別をゲームのイリスは受けてきたんだ。
そしてイリスは自分の受けた屈辱を、そのままヒロインにぶつけたのだろう。
イリスには沸々と怒りがわいてきた。土痘は完全に治ればうつらないのだ。そんなことも知らないのか、知っていての態度なのか、それにしてもバイ菌扱いとは酷い。
イリスは手袋から左手を引き抜いた。令嬢の手元に手袋だけが残される。左手の痘痕があらわになり、令嬢たちはキャッと声を上げた。
イリスは右の手袋も脱ぎ、令嬢に差し出した。
「そんなに気に入ったなら差し上げるわ。さしたるものでもございませんし」
これぞ悪役令嬢というように挑発的に笑って見せれば、令嬢は手袋を地面にたたきつけて去っていった。周りにいた令嬢たちもその場を気まずそうに離れていく。何人かはあの令嬢を追っていった。
イリスはフンと鼻を鳴らした。
イリスの悪役令嬢っぷりは見事なほどで、流石だとイリス自身も思った。傲慢で高圧的な物言いが自然と出来てしまうのだ。
しかし、それを見た幼さの残るメイドが慌てて手袋を拾い上げた。
「綺麗にしてからお返しするよ」
レゼダが言った。
「結構ですわ。こんなものお捨てください」
イリスは答えた。そして、驚いた様子のメイドに微笑みかける。若いメイドにすればとても高価なものだから驚くのは無理もない。
「嫌でなければ、あなたにあげてよ? 手袋では使いにくいでしょうけれど、解いて使えば何かになるわ。病気がうつることはないけれど、気持ちが悪かったらそのまま捨ててちょうだい」
「気持ち悪いだなんて、そんなこと……」
メイドは手袋を押し抱いた。
「お騒がせして申し訳ございませんでした。レゼダ殿下」
イリスは深く頭を下げる。
「いや……」
レゼダは酷く優し気に微笑みかえした。あまりの圧力にイリスは怯む。美形の笑顔は時として非常に不穏なのだ。
まずい。怒らせた? ゲームのイリスに怒らないから大丈夫だと思ったけど、あれは婚約者だから怒らなかっただけなの?
だとしたら、今のイリスは不敬と言われても仕方がない。こんな場で騒ぎを起こすなどはしたないにもほどがある。
やばいやばいやばい。ゲームの破滅フラグの前に破滅させられる?
イリスはソソクサと礼をすると池の近くのベンチまで逃げた。ニジェルが慌てて追いかけてくる。
「イリス、大丈夫?」
「え、だ、大丈夫じゃないかもしれないわ……」
不敬罪に問われたらという不安がよぎる。
「すぐに手袋を用意させるよ」
「あ、それ? それは全然問題ないわ。はしたないけれど」
イリスはヒラヒラと左手を振ってみせた。あれだけ派手な騒ぎを起こしたのだ。今更隠したところで仕方がない。イリスは開き直っていた。
「でもお父様は怒るかしら?」
「イリスが気にしていなければ怒らないと思うよ」
ニジェルは肩をすくめた。
「私は気にしてないの。でもニジェルは気になる? 姉が神から見放されたなんて知られたくないなら隠すけど」
「気にならないよ」
ニジェルが笑って、私の左手を取った。
「生きててくれて嬉しい」
ニジェル! なんていい子なの? こんなにいい子なのに、あんなエンディングなんて……。ぜったいおねーちゃんが守ってあげるからね!
「ありがとう、ニジェル」
「それに、良い虫よけになると思うよ」
ニジェルは意地悪な笑顔で笑った。
「虫よけ?」
「そう。痘痕が気になるような奴、初めから近寄ってこないでしょ?」
「確かにそうね! ニジェル、頭が良いわ!」
さっきのやり取りと、この痘痕でレゼダも驚いたに違いない。周りの貴族たちも、傷物令嬢など殿下に相応しくないと言うに違いないのだ。これで、レゼダとの婚約フラグは消滅したといっていい。
やった! やったわ!
ゲームのイリスにとって痘痕はウイークポイントだったけれど、今のイリスにとっては武器になる。イリスは満足してグフグフと笑った。その様子をニジェルは気味の悪いものでも見るような眼で見た。
「……でも、イリス……殿下の婚約者を狙ってるんじゃないの?」
ニジェルが引きつった顔で尋ねる。
「お父様は期待しているけど、私はそんなつもりないわ。それにこの痘痕があったら王家なんて無理でしょう?」
嬉々として痘痕を見せる。
「何だか喜んでるみたいだね」
ニジェルはくしゃりと笑った。
その頃、令嬢に囲まれたレゼダが、イリスを見つめていたことに双子たちは気が付かなかった。
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