第30話 罰ゲームな魔王

「スカート、めくっていいわよ」

「スカート!?」


 思わず、ナギの膝辺りにあるスカートの裾を見る。


「大丈夫よ、下着じゃないんだから」


 いやいやいや、そういう問題じゃなくない?

 恐る恐るスカートの下端を手に乗せる。それを少しだけ持ち上げたところで、ナギの顔をうかがう。


 石の下を這いずる虫を見るような目で見下ろしていた。


 待って、どういうこと?


「あのー、ナギさん、そんなに見られてるとやりにくいんですが」

「だったらこれでいいでしょ」


 クルッと後ろを向いた。これはこれで、背徳感がハンパない。いつもならこういうときにキク辺りが乱入してきてうやむやになったりするんだけど、ここでそれは望めそうにない。


「いいから思い切ってやっちゃいなさい。ガバッと」


 ガバッとって。

 ふと、その言い回しが気になった。まるで、いやなことをさっさと済ませたいときのような。


「ナギ、こっち向いて座って」


 ナギは一瞬ためらったが、おとなしく従った。


「なんかおかしいよ、どうしたの? 俺のせい?」


 ナギが、意を決したように言う。


「カケルが、他の女の子とばっかり仲良くするから……」

「他の女の子?」

「戸塚さんとは家が隣でしょっちゅう一緒だし、猫耳のとも最近仲いいよね」


 これはまさか、やきもちを妬いてるのか?

 俺は真っ直ぐナギの目を見た。


「ナギ」

「……なによ」

「俺が好きなのは、ナギだけだよ」


 反射的に目をそらすナギ。頬も赤い。

 俺は膝立ちになってナギの肩に手を乗せると、ナギも膝立ちになる。


 目の前の彼女の背中に手を回し、優しく抱きしめる。彼女も俺の背に手を回す。裸の胸板と腕全体に、いつもより薄い障害物越しに、ナギの柔らかさを感じる。頬と頬が触れ合う位置。吐息が聞こえる。


 この流れならキスくらいするべきなんだろうが、遊園地のときのことを考えると躊躇ためらわれる。もしまたお互いに気を失ってしまって、それをお婆さんたちに見られたら、事件の香りが立ちこめた事態になりかねない。

 とはいえ、ここまででなにもないのも物足りない。


 がぶっ。


「わわっ!」


 突然、俺の首と肩の境目辺りに甘噛みつかれた。痛くはないけど、ぞわぞわする。

 お返しに俺もやりたかったが、ナギの服が邪魔。


「今日のところは、これで勘弁してあげるわ」


 ナギが体を離した。立場が二転三転するなぁ。


「だけど夏には絶対、海かプールに行くんだからね」


 それだけ言うとナギは立ち上がり、扉の方へ向かう。


「ちょっとお手洗いに行ってくる……」


 そこで動きを止めた。

 あ、下に着てるのは水着。しかもビキニじゃないらしいから。


「ホントにごめんなんだけど、もう一度着替え直すから、ちょっと部屋の外で待っててくれない?」


 嫌だ、なんて言えるわけもなく、俺は扉を開けて廊下に出た。扉の横で、体育座りで待機。背中に当たった壁の冷たさに驚く。服を着忘れてたな。


 それにしても、ナギがそんなことを思ってたなんて。俺自身には、浮気なんてするつもりは微塵もないから安心してくれていいんだけど、そんなのわかんないもんな。でも、クラスメイトの女の子と話すのも許さないほど彼氏を束縛する彼女って風に、ナギが思われるのもなんだかイヤだなと思うのよね。

 うーん、でもやっぱり、ちょっと考えた方がいいのかな。


 そんなことを考えていると、扉の開く音が聞こえた。着替えが終わったかと反射的に振り向くと、玄関を開けたお婆さんと目が合った。ただいま、と言う直前の口の形のまま、その動きの一切を止めた。


 孫娘の部屋の前、半裸で締め出された男。


 


 そう思われても仕方ないと、俺も思った。


 人生、最大の、ピーンチ!!


 ほんの刹那の間に、悲鳴、通報、尋問、カツ丼、裁判、刑務所まで脳内疑似体験した。


 直後にガチャリとナギの部屋の扉が開き、普通にナギが出てこなかったら、それは現実のものとなっていただろう。


「あ、おかえりー」


 ナギの声で、お婆さんの時は動き出した。


 入れ替わりでナギの部屋に入った俺は、急いで服を着た。廊下では、ナギがお婆さんにうまく説明しているようだ。


 心臓の鼓動をバクバクと感じる。本気で死ぬかと思った。社会的に。オロチと対峙したときよりも、明確な死の恐怖を感じたよ。現実リアルに。

 


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