第28話 出会いな魔王(回想編4)


 俺はタクミさんの言葉をそのまま伝えた。



 それを聞いた人のほとんどは、いまさらなにを言うのかと呆れていた。もったいぶったわりに、内容は今まさに、見ればわかる魔界の常識なのだ。


 だが、一人だけは違った。


「お前はなにを言っ」


 オロチのセリフを待たず、俺は引き金を引いた。銃など撃つのはもちろん初めてだったが、なぜか的を外さない自信があった。

 銃口から出るのは、空間を貫く弾丸だと思っていた。それなら一撃必殺で倒せると思ったのだ。しかし、出たのは輝く光の玉だった。それは光の尾を引いて突き進む。


 オロチがとっさに張った防御魔法陣を貫き、彼の頭を半分えぐった。


 と同時に、とっさに振り向いたナギの肩口をかすめ、オロチの剣が地面を穿うがった。


「オロチ、貴方が……?」


 ナギが一瞬だけ躊躇するが、半分の頭でまだ生きているオロチを魔力の鎖で縛り上げる。


 ナギのお父さん、タクミさんは、精神支配によって人類に不利なことが言えなかった。だから、ただの魔界の常識を話した。


 だが、それを言うのが俺なら話は別だ。


 漫画でもゲームでもアニメでもいい、最近は何人も魔王がいる場合もあるが、それでもまだまだ基本的に、悪の魔王は一人が基本だ。だからこそ、その存在は黒幕であり、ラスボスのポジションにいる。

 魔界に関する予備知識がなにもない、地球の常識からの発言。


 俺とナギだけは、その意味がわかったのだ。


 魔王が二人。しかし、その片方はナギ自身。つまりは、



 もう一人の魔王こそ、裏で手を引く黒幕、ラスボス、裏切り者。



 タクミさんはそれを伝えるために、命をかけて俺を連れて来たのだ。


 ナギのお父さんの情報を敵対する人類に流していたのは、オロチだったのだ。焼け焦げた上に頭も無い死体を見て、ナギのお父さんだなんて初見でわかるわけがないのだ。そして自然を装って武道家の口を封じた。タクミさんが知っているのだから、その仲間の戦士たちも知っていたのだろう。


 しばらくたたずむナギ。その内面では様々な感情が渦巻いていることだろうが、俺は近づいて声をかけた。


「肩、大丈夫?」


 かすめただけとはいっても、結構深い傷になっている。出血もひどい。

 ナギは視線で射殺す勢いで俺を睨み、チラと傷を確かめた。それだけで見る間に傷がふさがる。さすがファンタジーだな、なんてどうでもいい感想が浮かぶ。


 気づけば、周りで戦いをみていた人たちも、まだ遠巻きだけど、徐々に集まり始めていた。


 ナギの視線を受け止める。俺のことをどう思っているのだろうか?

 父親を死地に招いた仇?

 その父親と共に自分を救った恩人?

 それを含めて邪魔な他人?


 異世界だからだろうか、ナギが魔力的ななにかを操って、俺を殺そうとしているのがわかる。

 そしてその戸惑いも。

 怒りなのか、憎しみなのか、ただイラついているだけなのか、自分の感情に名前が付けられないのだろう。


 こんなナギを刺激したら、本当に殺されるかもしれない。でも、


 このになら、殺されてもいいと思った。

 このに殺されるのが、運命だと思った。


 俺より少し背の低い彼女の頭を抱えるように、抱きしめた。

 俺のセリフが届いたのは、危うく俺の胸に大きな穴が開く寸前だった。


「これなら涙は見えないよ」


 彼女の感情に、悲しみという名前が付いた。





 あの戦いから、すでに数ヶ月が経っていた。

 すぐにでも現実界(とでもいうのか?)に戻るか? という提案を断り、しばらくナギのそばにいることにした。本人や側近の人、主に復活した骸骨さんから話を聞いて、ナギのことが少し分かった。


 母親から押し付けられるように受け継いだ魔王であること。

 人間との戦争に積極的になれず、唯一支えてくれていたのが、魔王という同じ立場で兄のように慕っていたオロチであること。

 そして今やただ一人の魔王となったナギは、世界征服に乗り気であること。


 父親を利用して死に至らしめたという怒りもそうだけど、いっそ自分で全て管理してしまった方が、将来的には平和になるんではないかと思っているらしい。


「紅茶はいかがでしょう、カケル様」

「ありがとう、いただきます」


 骸骨さんが執事の格好で、紅茶を煎れてくれる。ここは俺にあてがわれた部屋で、今は彼と俺の二人だけだ。


 骸骨さん、本当は長くて複雑な本名があるんだけど、ナギから「めんどくさい。お前は今から『セバスチャン』だ」といわれたらしく、普段はセバスと呼ばれている。


 今でこそ賓客として扱ってもらっているが、実はナギとなんの関係もない赤の他人だとわかったときには、俺はセバスさんに殺されるところだった。最初のときに嘘をついて騙されたと思ったらしい。それに、簡単にナギの信頼を得た(命がけだったんだよ?)ことも気にくわないらしく、今でも内心では恨まれているとヒシヒシと感じる。


 ちなみに、なぜそのセバスさんが俺の相手をしてくれているのかと言うと、日本語ができる人が他にほとんどいないからだ。先の戦いのとき、セバスさんとオロチはナギに合わせて日本語だったけど、戦士たちのセリフは実は異世界語だったから、全然わかってなかったんだよね。


 そのとき突然、バタンッと扉が開かれた。


「カケル、いた!」


 ナギがなぜかカタコトぎみで入ってきた。そして入ってきた時点で、なんの話をするのかだいたいわかってしまった。ナギはテーブルの、俺と直角にあたる椅子に座り、セバスさんに言う。


「我にも紅茶を。それが終わったら下がれ」

「……御意に」


 その意味深な間はなんだ? セバスさんは紅茶をもう一つ煎れると、俺を一瞥いちべつして部屋を辞した。

 しばらく無言で紅茶を飲む。静かな時間が過ぎる。

 ナギが意を決したように口を開けた。


「カケルは、帰った方がいいと思うの」


 そうくるだろうとは思っていた。


「カケルは、こっちにいてもなんの意味もないし。無駄になっちゃうから」

「確かに、俺はなんの役にもたってないしな」

「そんなことない、いてくれないと困るし。でも、それはカケルのためにならないじゃない」


 俺は目を閉じて考える、フリをする。


「こっちに来たときと同じ時間に戻せるし、私も一緒に帰るから」

「こっちは大丈夫なの?」

「時々戻ってくるわよ」

「二重生活は大変だよ?」

「だって、私にもは必要だもの」


 あの戦いのとき、タクミさんの最後の言葉にナギは戸惑い、混乱していたのだった。世界と境遇に絶望し、あわよくばこの戦いで死ねたらいいと思っていたナギに、彼は言ったのだ。


『ナギ、生きるんだ』


 と。


 そして見つけたらしいのだ。生きる意味を。


 これは、俺も言った方がいいのだろうな。曖昧なのも、もどかしいし。


「それは、えっと、俺も、ナギさんのこと好きだし、付き合ってくれるってことでいいのかな?」

「だって、なってくれるんでしょ? 生きる意味に」


 そう、生きる意味って、俺なんだ。この数ヶ月の間、ほとんど愚痴ぐちを聞いたり雑談をしたりしただけだけど、だんだんとお互いの距離は縮んでいった。その中で、唯一事情を知っていて、なのにあまりに弱い俺を守ることが、新しい目的となっていったのだ。

 まあ正直に言えば、俺の方は運命を感じるほどの一目惚れだったんだけどね。


 だから、さっきの『私に生きる意味カケルは必要』ってセリフは、もう告白と一緒じゃない?


 なんてことを言い合ってはいたが、こういう流れに落ち着くのは、ナギが部屋に入ってきたときからわかっていたのだ。


 だってナギは、を着ているのだから。


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