俺の彼女が異世界の魔王なんだが、どうしたらいい?
i-トーマ
第1話 魔王な彼女
「はい、あーん」
彼女の差し出す箸の先に、ミートボールがつままれている。レトルトのそれではなく、素揚げにした肉団子が、ケチャップを混ぜたソースに絡めてある。手作りだ。
「あ、あーん」
俺はそれを口でむかえ受ける。
「どうかな? カケルの好みに合わせて、ちょっと甘めのソースにしてみたんだけど」
俺はそれを飲み込んで答える。
「うん! 美味しい! サイコーだよ!」
えへ、と彼女が照れ笑いをする。自分の恋人だというひいき目を抜いても、可愛い。
ここは学校の屋上、その片隅にハンカチを敷いて座っている。今いるのは俺達二人だけだ。四月の風はまだ少し肌寒いが、日差しがあればそこそこ暖かいし、なにより近くに寄り添う言い訳になる。
「カケルはほんとに好き嫌いない?」
「うん、ほとんどは大丈夫だよ」
強いて言えば、独特の臭みがウリ、みたいな発酵食品は無理だと思うけど、普通お弁当には入らないし、もし入っていても、ナギが作ってくれたものなら食べきってみせる。
「ナギは、トマトとかダメなんだっけ?」
「とくにミニトマトがねー。あとピーマンもあんまり好きじゃないなぁ」
そんな彼女が作ってくれた俺のお弁当を見ると、ミニトマトがヘタをとって入れてある。俺のために特別に作ってくれたものなのだと思うと、ひときわ幸せを感じる。
隣でお弁当をもぐもぐ食べている彼女の横顔を見つめる。
彼女の名前は
「あ、ご飯粒ついてるよ」
そういって、俺の口のはしについていたご飯粒をつまんで、あ、食べちゃった。
なんだかその場面を見ちゃいけない気がして、視線をそらしてしまう。
「ん? どしたの?」
ナギは気にしないんだろうか?
ナギが、はっとして何かしている気配。
「はい」
ナギが言うので見てみると、ナギの口のはしにご飯粒がついていた。ビックリしていると、
「カケルもやりたかったんじゃないの?」
「そんなでっちあげてまですること!?」
あははと笑って、それでもうりうりと顔を近づけてくる。
俺は、しょうがない風にそれを指でつまんで取り、一瞬ためらったあと口に入れた。
うう、恥ずかしい。
でも、恥ずかしいんだけど、嫌じゃない。なんて言うんだろうこの感じ。
その時、屋上の扉がバタンと音を立てて開けられた。
「いちいちめんどくせーことばっかだな」
「午後はもうふけちまおうぜ」
そう言いながら、三人の男子生徒が上がって来た。
学ランを着崩し、中には派手なシャツを着ている。ひとりなどすでにタバコをくわえ、ライターを取り出していた。三年生だろうか、見るからに不良とわかる。
そのうちの一人が俺達に気づき、なにやら仲間内で目配せしながらこっちへ寄ってきた。
「一年? キミかわいいねー」
「お、うまそうじゃん、ちょっと食べさせてよ」
ナギに近寄ってからんできた。
俺はお弁当にフタをし、立ち上がろうとする。
「先輩達には関係……」
ガシャン! と背後のフェンスが鳴る。俺の顔のすぐ横に蹴りがとんできたのだ。
「てめーにゃ聞いてねーよ」
タバコの奴が凄みを効かせて睨みつけてくる。
おいおい、これはヤバいぞ。
すぐ横で、彼女の雰囲気が変わるのを感じた。それだけだ。ただそれだけで。
俺の目の前にいた不良の一人が、自分の影に落ちるようにして一瞬で消えた。
「え? おい、タクちゃん?」
いきなり姿を消した仲間に、残りの二人が戸惑う。
すると、彼らのすぐ後ろ辺りにバタッと何かが倒れる音がした。
姿を消した不良が、そこに倒れていた。
「タクちゃん、なんでそっち……」
「ひぃぃぃぃ!」
そいつはナギを見ると、仲間をおいて逃げ出した。
「ちょっ、タクちゃん? どーしたんだよ」
二人もそれを追いかけて行った。
屋上は、再び静けさを取り戻した。
可哀想に、心配していたことがそのまま起こってしまった。
不意に、ナギの影が不自然に動き出す。そこから何かがズルリと浮かび上がってきた。
それはタキシードを着た男の上半身、右手を胸に当て、礼をした姿勢で現れた。頭はオールバックに整えられているが、その顔はなんと、骸骨そのものだった。
「三日、もちませんでした」
骸骨の男が言う。
「しょーもな」
ナギが、氷のような声で呟く。
「
少しずつ、骸骨の男が影に沈んでいく。
「くれぐれも、お気をつけくださいませ」
最後はなぜか俺を睨むようにこちらを向いて、影に消えた。
「ふぅ」
ナギはため息をつくと、カバンをゴソゴソ探りはじめた。
「せっかくの気分が台無しじゃん」
取り出したタッパーのフタを開ける。
「しょうがないから、デザートで気分転換しよっ」
中からは、ウサギに切られたリンゴと、モモが入ったゼリーが出てきた。
ナギは爪楊枝でリンゴを刺すと、俺の口の前に持ってくる。
「はい、あーん」
俺はそれをかじる。シャクっとこぎみよい音を立てて口の中に入ったリンゴを噛み砕く。
まだ若いリンゴの味がする。
残ったリンゴを、ナギが食べる。それだけで機嫌が良くなったようで、ちらっとこっちを見るその表情は、春の日差しのように暖かい。
そんな顔を見ると、こっちも嬉しくなる。ふふっと、どちらからともなく、笑みがこぼれる。
俺の名前は
ただ、その彼女が異世界の魔王だっただけだ。
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お読みいただきありがとうございます。
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