第48話 美少女が猫に説教を垂れる

 虎徹が駆け戻った家の中では、友愛が畳の上に座ったまま、膝で進んだり退いたりしていた。

 どうやら、外へ出ていったきり戻ってこない応を、助けに行こうか行くまいか迷っていたらしい。

 縞ジャケどもとヤクザたちのケンカの音は、聞いていて心配になるほど凄まじいものになっていたのだった。

 怒号や罵声だけではない。

 殴られたり投げ飛ばされたりした者が、次々に自動車のボディに叩きつけられているのだ。

 ちょっと聞くと、暴動でも起こっているかのようなのである。

 おろおろしていた友愛だったが、それでも、戻ってきた足元の猫にふと気づくと、余裕を取り戻した。

「何しとん、虎徹?」

 きょとんとした顔で声をかけられても、美少女に愛想を振りまいている暇はなかった。

 虎徹は虎徹で、「清め」のオヤジふたりを起こしにかかっていたのである。

 もっとも、猫に優しく舐められたくらいでは、徹も井光も起きはしなかった。

 仕方なく、爪を立てた前足を徹の顔へと伸ばす。

 友愛が、虎徹を慌てて叱りつけた。

「ああ、そないなことしたらあかん!」

 何を言われようと、この緊急事態では聞いていられない。

 徹の次は井光という具合に次々と、男ふたりの鼻の頭を引っ掻きにかかる。

 あくびやゲップと共に、2人分の酒臭い息が吐き出された。

 咳き込んだ虎徹は目を回したのか、ふらふらとよろめきながら後ずさる。

 それでもどうにか踏みこたえて、最後の手段とばかりに井光の耳たぶに噛みつこうとした。 

 ここまでやれば、いかに倒れて眠ってしまった酔っ払いでも目を覚ますだろう。

 まず、酔って狂暴化した井光のほうだ。

 だが、虎徹のそんな読みは甘かった。

 目的を遂げる前に、友愛に抱き上げられてしまったのだ。

 頭の上から降ってくる声は、怒りに満ちていた。

「虎徹! いい加減にしいや!」 

 猫は畳の上に座らされて、説教を食らう。 

「お前は猫や! 人間ちゃう! これは人間や! うちのお父ちゃんや! 鰹節ちゃう!」

 おわあ、と鳴いて抗議しても、友愛には何の事やら分からない。

「こんなことしてへんと、お前のご主人助けたり!」

 それができれば虎徹も苦労はしないのだった。

 おわあ、おわあと鳴き続けるしかない。

 それを口答えとでも取ったのか、友愛は猫をかき口説きはじめる。

「うち、助けに行きたいけど、行かれへん。こんな格好やとかケンカしたばっかやとか、どうでもええねん。助けに行ってもな、力もないくせに、ひとりでなんとかしようっちゅう応くん見たら、また止めてしまうかもしれへんやん。応くん好きなようにさせたりたいけどな、ほっとくわけにいかんやろ。ああ、もう、何で? 自分で自分が分かれへん……」

 自分で応くん本人に伝えるべき言葉なのだが、そんなことを言っている場合ではない。

 1400人もいたはずの街のならず者たちが、そろそろ悲鳴を上げはじめていた。

 いわゆるゾンビ映画で逃げ惑うモブキャラのような状態である。

 虎徹は勝手に立ち上がると、徹と井光との間を行ったり来たりして鳴きつづけた。

 ここまでしてやっと、友愛も猫の伝えたいことに気が付いたようだった。

「起こして欲しいん? お父ちゃんとおじちゃん」

 虎徹がおわあと鳴いたところで、友愛は父親の胸ぐらをつかんだ。

 声もかけずに往復ビンタをくらわす。

 猫ではダメだが、娘なら何をやってもいいらしい。

 井光がうっすらと目を開ける。

「アア? 何じゃ友愛? あの派手な縞々ジャケットども帰ったんか?」

 まだ酔っていた。目も座っている。

 だが、友愛はもはや怯むことはなかった。

「よお聞いてんか。今、応くん大変やねん。ひとりでヤクザのケンカ止めに行ってんのや。何や知らんけど、お父ちゃんとおじちゃんしか助けられんて、猫の虎徹が言うてる」

「何をワケの分からんことを……」

 しかめた顔に、もう1発ビンタが飛んだ。

「つべこべ言わんと、早よ石根のおじちゃん起こしてんか」

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