第39話 オヤジたちに最後の試練が襲い来る
その正体は、すぐに分かった。
狭い道を塞いで、ボロ屋の周りに黒塗りの高級車が何台も停まったのだ。
ぞろぞろと降りてきたのは、揃いも揃ってサングラスに縞のジャケットという、これまた月並みな格好の連中であった。
まあ、唐鼓の田舎ヤクザより見栄えがするだけ、救いようがあるといったところか。
その中でもいちばん恰幅のいいのが、用心棒と思しきデカブツに守られながら、最後に車から出てきた。
「ここで間違いないんですね?」
ヤクザにしては子分にたいしても妙に丁寧な口の利きようだったが、家の主に断りもなく、畳の上へ足を踏み入れる辺りはただのヤクザである。
「すみませんねえ、世の中こう便利になると、つい自分の目で確かめるのを怠ってしまって」
そう言いながらも、用心棒を隣に正座させると、自分は胡坐をかく。
これはこれで、ヤクザとしては性質が悪い。どちらかというと、最悪の部類に入る。
それは酔った徹にも、肌で分かるらしい。
さらに名刺を渡されて、すっかり恐れ入ってしまった。
「はい、どうもわざわざこんな汚いところまで……」
見ていて腹立たしくなるほどの卑屈さで、膝をついたままヘコヘコ頭を下げている。
応はというと落ち着いたものだった。
お茶を入れてきて縞ジャケットのヤクザの前に出すと、友愛の傍らに背筋を伸ばして正座する。
どうやら、茶碗の買い手らしいこのヤクザは、部屋をぐるりと見渡すと、お茶をひと口すする。
やがて、徹をじっと見つめて尋ねた。
「なかなか可愛らしいお嬢さんですな。あれはお姉さまですか」
発育のいい娘が童顔の少年と並んで正座していれば、そう見えるのがふつうである。
「いえ、あれはあちらの娘さんで……」
徹の視線に、井光は過剰反応する。
なんか用かドアホ、とヤクザに怒鳴って立ち上がりかかる井光を、友愛と応が2人がかりで座らせる。
それをちらりと一瞥して、名乗りもしない縞ジャケット、面倒臭いので縞ジャケと呼ぶが、こいつは不機嫌にぼそりと尋ねた。
「その茶碗を見せてくださいな」
膝で薄暗い部屋の隅まで這っていった徹は、籠から出した茶碗を押しいただくと、またじりじりと膝で戻ってきた。
縞ジャケはその茶器を恭しく受け取った。
しかし、それは徹に対してではなく、高価な茶器に対する礼儀であろう。
雰囲気から何から薄暗い部屋の中で顔をしかめながら、茶碗を矯めつ眇めついじくり回す。
だが、その顔つきは次第に険しくなっていく。
やがて縞ジャケは、それを手にしたまま、おもむろに話しはじめた。
「いえね、私もさる組織をまとめている身ですが、その上にまた、会長がおりましてね。たまたまネットオークションで見かけた、この鎌倉時代の古瀬戸でどうしても茶を立ててみたいと申しますので、まあ、私が入札いたしましたところ、こちらの方が落札なさいましてねえ。私も少しは目利きができますので、400万円でも高いと思ったんですよ。ところが会長にはたいへん叱られまして。そんなわけで、失礼ながら直に見せていただいたと、こういうわけです」
そこで茶碗が、カタカタと音を立てた。
地震かな、と縞ジャケは訝ったが、お茶を再びすすると、穏やかに告げた。
「まあ、古いには古いですが、鎌倉時代の古瀬戸なんて真っ赤な嘘、茶器というにはあまりにお粗末な飯茶碗じゃありませんか」
徹を睨みつける冷ややかな眼には、それなりの鋭さがあった。
ヤクザの本領発揮といったところだろうか。
だからあかん言うてん、と友愛がため息をついた。
震えあがったのは徹である。
「あっしゃあ、そんな、騙すつもりなんてこれっぽっちも……ねえ」
助けを求めて見やった先は、酔って
縞ジャケは縞ジャケで、冷ややかに言い放つ。
「そんなことはどっちだっていいんですよ、私が振り込んだ400万円、耳を揃えて返していただければ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます