第27話 マサルの冒険

 応が家の中に入ったのを見計らって、友愛は立ち止まった。

 いきなり、傑の横っ面を張り倒す。

「ひつこいな、こんなとこまで来んといて」

 傑は、こんなことは慣れているという顔で頬をさすりながら、友愛を睨み返した。

「オレの親父が取引先で聞いたんや。お前んとこのおっちゃんが、何やけったいなもん押し付けられたて」

「傑に関係ないやんか」

 冷たく突き放されても、親の七光り息子は屈しない。

 行動力をアピールしようというのか、自分の行動を熱く語る。

「あのなあ、オレその取引先から自分で聞きこんでんねん、お前のお父ちゃんが誰からどんなもん引き受けたか」

「大きなお世話や、それにしてヒマやなあ」

 そんな皮肉など、この若者には何でもないようである。

 友愛のためにどれだけ手間と時間をかけたか、滔々とまくし立てた。

「小学校のときの名簿で電話番号調べてお前んとこかけたら、お母ちゃん出てな、どこ行ったか教えてくれてん。心配してたで、いきなり泊ってくるとか言われて」

 おそらく、母親にとってこの傑という若者は、娘の古い友人でしかないのだろう。

 友愛は、ため息交じりに嘆いた。

「お母ちゃんいらんことを……」

 そこで傑は、半ば勝ち誇ったような馴れ馴れしさを見せた。

 友愛の肩に手を回して、籠絡に掛かる。

「ええやん、幼馴染やないか」

 その手を、友愛は力ずくで剥ぎ取った。

 傑の目を真っ向から見据えて、きっぱりと言い切る。

「腐れ縁やっちゅうねん」

 すると傑は、おもむろに懐の中からスマホを取り出すと、そこに映し出されたネットオークションの画面を友愛の目の前に突き出す。 

 足下の猫の目からも、それは見上げることができた。

 画面上の写真には、あの鎌倉時代の古瀬戸とされる茶碗と、その後ろの古い籠の姿がある。まだ、入札価格は1000円のままだった。

更にその下の項目には、オークションに参加するための最低限の条件なのであろう、出品者の名前と住所がきっちり表示してある。

友愛は、そこからさりげなく目をそらした。

 人名も地名も、どこかで確かに見た、しかし、関係者ならあまり思い出したくないものだった。


  東京 唐鼓 石根徹 


 傑は、友愛の前に現れるまでの苦労を、咄家が落語の中の口上を述べるが如く並べ立てる。

「これ見て朝イチの新幹線飛び乗って、東京駅からタクシー捕まえて超特急で来たんやど。唐鼓市なんか、それとも唐鼓町なんか、もっと言ったら大字の唐鼓なんか分かれへんから、まず市のほうのタクシーで、石根徹さんとこどこやて聞いたら他のタクシーに聞いてくれて、それはたぶん町のほうやろ言われて、それから町のタクシーで聞いたら、いやいや大字のほうやろ言われて、その大字でタクシー降りてその辺の人、片っ端から捕まえて聞いたら、石根徹ちゅうだけでみんなびびってしもうて、家はあっちのほうや言うて指差すだけで、しゃあないからその通りに歩いたら、ここに来とったんや」

 ほとんどひと息で語られた長い長い話を呆れ顔で聞いていた友愛は、ため息ひとつ置いて、面倒臭そうに口をひらいた。

「お金とヒマがあって結構やなあ、その超特急で帰ってんか」

 今度は嫌味たっぷりにあしらわれたが、傑は大真面目であった。

 大仰な身振りで目の前のボロ家をあからさまに指差すと、その主の地獄耳を気にしたのか、低めた声で言い切る。

「ここのこいつがどんな奴か知らんけどな、こんなん絶対に詐欺や、お前もおっちゃんも捕まるで」

 口では徹や友愛たちを嘲笑しているが、目は笑っていなかった。

 友愛も、傑を真剣に見つめ返すと、ひと言ひと言を区切って、はっきりと伝えた。

「後始末つけんと、お父ちゃんが困んねん。買うてくれる人おらへんかったら、お得意さん、またなくして本当にクビになるかもしれんのや」

 何とも情けない話であるが、それでも井光にとっては人生最大の大バクチであった。

 だが、傑もしつこいだけで、バカではない。

 自分の身にふりかかったことではないのに、友愛と、その父親の身に起こるであろう先々のことまで考えている。

 さて、応はどうであろうか。

 母が出て行って1年、寂しさを抱えた心のなかに住み着きはじめた少女の影があるようだが……。

 猫の虎徹はとことこ、ボロ家へと戻っていく。

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