試験空母「さんないまるやま」

試験空母「さんないまるやま」・出航まで

 私のメカ妄想で一番多いのは、第二次大戦前後の日本軍機だったりします。

 しかし、そこで妄想する架空機は地味目でして、竹槍様の自主企画『あつまれ珍兵器の沼』に参加させていただく一発目には、もっとインパクトのある、珍兵器と呼ぶにふさわしい物が……という事で、去年ふと沸いた妄想の船をお送りいたします。


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 処女航海の日は雨が降りますようにと、馬緤まつなぎ 俊也しゅんやは願っていた。

 雲が垂れ込め、強く雨が降る状況であれば、マスコミのヘリも飛ばないだろうし、デモの人出も少なくなるだろうからだ。



 快晴。



 気象情報は毎日確認していたので、予想はしていたが溜息をつく。

 艦橋の中まで取材ヘリのローター音が重なって響いてくるのも、神経を逆撫でする。

「憂鬱そうですね、副長。晴れの船出に」

 横の艦長席から、上司たる長澤 千歳一佐が身を乗り出してきた。

「失礼しました。憂鬱になっているつもりはありませんが、懸念はしております。ヘリが多すぎますね。デモ隊のボートも」

「そうね。ヘリが万が一にも海上に墜落した場合は、直ちに救助できるよう、カッターを待機させていますね?」

 面倒な女性ひとだ、と馬緤は思った。

 別に会話に罠が仕込まれている訳でも、予期しがたい不条理な反応をするわけではない。そのような人間であれば、艦長までなれる可能性は低い。

 面倒なのは、いつもその表情に、何か悪戯っぽく面白がるような笑みが潜んでいる事だ。何か自分が彼女をしてからかいたくならしめる気配でも放っているのだろうか。

 疑問を感じつつ、馬緤は謹厳実直な表情を作り、帽子を直した。

「勿論です」

「よろしい。ボートをうまく避けるのは、私の仕事ですね」

「は」


 出航まであとわずか。各部署は既にシステムを起動し、チェック済みである。

 トラブルは、絶対に避けなければならない。

 それは、どのような船の処女航海でもそうなのだが、これは海上防衛隊史上最大の艦艇である。

 この船は――試験艦『さんないまるやま』。



 日本国海上防衛隊。この組織が本格的な空母の建設を検討し始めたのは、当然ながら中国――中華連省共和国――の海上進出が激しさを増したためである。

 彼の空母増勢に対抗するため、固定翼機の運用可能な空母の保有が米国から求められ、政府は最終的にはそれを受け入れた。

 しかし四個護衛艦隊の中核である護衛空母を約十年かけて更新し、その内いずも級二隻をF-35運用可能な軽空母に改造したばかりで、それらを本格空母に入れ替える事は不可能だった。


 そこで、まずは英国のクイーンエリザベスII世や仏国のシャルル・ドゴールとほぼ同規模の一隻を建造する事が有力となった。

 だがこれには、国内外から反対の声が上がった。いずも級の軽空母化だけでも憲法に反するのではという議論が起こったのに、こちらはそれに二倍以上する巨艦である。

 日本と軍事的に対峙する当の中国が批判。また中立国ではあるが最近日本との関係が悪化している朝鮮共和国も懸念を表明。

 それに配慮したかは定かではないが、計画が正式に決定されると、この艦は開発隊群所属の新型試験艦となっていた。


 試験艦とは、開発中の装備(防衛隊では兵器という言葉は使わない)を実用試験するために建造された艦艇である。他国の海軍では実戦配備されている第一線の艦艇を引き抜いて試験を行うのだが、定数に余裕のない海自では、専用の船を建造して当てている。貧乏なのか贅沢なのか分からない。

 試験艦の初代は『くりはま』、基準排水量950トン。

 二代目にして現行の試験艦は『あすか』。基準排水量4250トン。

 そして三代目となる『さんないまるやま』。基準排水量55250トン。

 先代の大型化も四倍以上と相当なものだったが、今回は約十二倍だ。

 ちなみに試験艦の名称は名所旧跡からとなっており、この船の名は青森県にある縄文時代の遺跡『三内丸山遺跡』から取っている。


 『さんない』か『まるやま』のどちらかにすればよかったものを、と馬緤は苦々しく思った。交信の度に面倒そうな通信士を見るために気の毒になる。



 この船がこのようになったのは、必ずしも批判をかわすため、だけではない。

 海上防衛隊には、近年様々な期待が寄せられていた。島嶼部防衛の為の空母と揚陸艦、災害と疫病発生時の病院船。

 限られた予算の中、防衛省がひねり出した答えが、『全てを一隻で』だったのだ。

 おかげでこの船には、飛行甲板もウェルドッグも備え、大きな医務室も、多くの部外者が乗艦する事を想定した予備の船室も設けられている。


(とんだキメラだ)


 馬緤は甲板を見下ろして思った。

 艦橋の前には、『あすか』同様にVLS(垂直発射システム)が設置されている。これはまだいい。だがその前には、将来砲塔を設置するための穴が穿たれ、今は金属板で覆われている。

 護衛艦としての機能を可能な限り残した『いせ』級ですら装備しなかった砲塔を、五万トンの空母が装備するとなれば、前代未聞である。

 いや、戦前の空母草創期の『赤城』や『加賀』、米国の『サラトガ』や『レキシントン』の例ならあるが。


 そして遠大な甲板の先、浦賀水道には、行き交う船舶と、反戦団体のゴムボートデモ隊。彼らをこの船から遠ざけている海上警察の船。彼ら警察の労を労いつつ、馬緤はデモ隊の怒りにも理解を示す。だって姑息じゃないか、こんなのは。

 まあその姑息のおかげで、補助艦艇一筋だった自分のような人間が、自衛隊最大の船の副長になれたわけだが。


 視線をブリッジ内、制御パネルの時刻表示に移す。出航予定の十時になろうとしていた。

 腕時計もちらりと確認した上で、艦長に告げる。

「ヒトマルマルマル。出航時刻です」

 彼女はまた微かな笑みを唇に浮かべた。

「ありがとう」

 困ったことに艦長のそんな表情は魅力的だった。

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