第120話 権力側に食い込んだ麻薬王は軍議の最中に抵抗勢力への粛清をやりすぎたと気づいたがもう遅い~頼れる仲間はみんな金魚のフン~

 聖女とは剣以て魔を祓う戦乙女である。

 とりわけ優れた力を持っていた転生者だった聖女は、軍人としても一軍を率いる将校であった。


「こほん、さて先生。準備はよろしくて?」


 聖女は一瞬だけ烏丸からすま花蓮かれんの顔になって、一瞬だけ颯太そうたに微笑む。

 だが彼の返事は待たず――


「そして、お集まりの皆様」


 と、会議室の人々に声をかけた。

 仮にも軍議の場である。狭い部屋の中には王国中枢から派遣された貴族や在来貴族も居る筈なのだが、聖女のそんな様子に顔をしかめるものはもう・・居ない。

 仮に居たとして、これまでの颯太そうたの地道な政治工作や暗殺、薬物汚染行為などにより、徹底的に排除してしまった。しまったのだ。


 ――しまった。


 颯太そうたは今更ながら後悔していた。

 烏丸花蓮、カレン・ロードスター辺境伯となった聖女様は、敵が居なければ我が者顔で権力を振り回す。今は自らの領地に籠もり遠くから同じ森人エルフの若者たちの行政運営を密かに補佐している国家魔道士のウンガヨが居れば、今は散逸した十三兵器の捜索に忙しいサンジェルマン伯爵が健在であれば、あるいは颯太そうた自身が殺してしまった先の辺境伯が居れば――いずれも叶わぬ話だ。

 彼らは死んだか、全員が必要な仕事をしていて、少しでも手を抜けばそれで颯太そうたのプランは崩れる。

 ――つまり。


「こちらの地図をご覧ください」


 聖女は軍服越しに均整の取れた肉体美を周囲にこれでもかと強調しながら魔術で地図の映像を壁に投射した。

 ――つまり、俺はこいつの機嫌を絶対にとらなきゃいけない。

 颯太そうたは戦略シュミレーションゲームくらいならやったことはあるが、軍事そのものの話には疎い。少なくとも今、聖女の協力は欠かせないものだった。


     *


「竜の戦術的優位はその全てが飛行可能かつ高い火力を有しているということにあります。向こうは高い空から一方的に火を吹いて逃げるだけでこちらに損害を与えることができます。一方、我が方は対空攻撃手段を持ちません。一部の例外を除けば我々人間の術士では雷を落としたり火球を飛ばしたりがせいぜいで、空を自由に飛び回る竜の鱗を灼くにはいずれも不足です。一方、弓手も竜鱗を貫く矢などそうそう放てません。現在、我々王国が主に扱う馬を用いた機動作戦も駄目です。幻獣を手懐けるリスクを嫌った我々人間の軍には、個として竜を圧倒する術はありません。ではこれまでどうしていたかと言うと――要塞に兵器を揃えて迎え撃つのが基本でした。ハッキリ言ってこれで事足りていたのです、これまでは」


 すぐに映像はバリスタや大砲のようなものに切り替わる。

 颯太そうたも以前破壊した辺境伯の城で似たようなものは見た。

 魔法を組み合わせて威力を発揮するというのは颯太そうたもぼんやりと覚えている。


「ですが聖女様、今我々の防衛力を遥かに超える竜の襲来が予測されています」

「そうです。しかも――交渉の余地はありません」


 集った人々はざわめく。

 それは、颯太そうたが密貿易を通じて手に入れた情報だった。

 ――最初にミュンヒハウゼン男爵の領地を襲った飛竜たち。

 ――あの竜たちの集団の中には、若い飛竜たちのブレインにあたる個体が居た。

 ――そして俺とサンジェルマンが起動させた錬金偽竜イコールドラゴンウェポンが。


「彼らの交渉を担当する存在――我々で言う貴族階級の士官が初戦で死にました。まあ仇討ちですね。今も決死の覚悟で潜入した私の部下が、情報を集めています」

「仇討ち?」

「薄汚いトカゲどもが……なにを……」

「そもそもミュンヒハウゼンが情けないのだ。あっさり死におって」


 会議の場でこの領地のかつての主を罵倒するものが居ても、誰も何も言わない。言うようなものは颯太そうた農協シンジケートの力で始末したからだ。


「ですが、みなさん。心配はありません。私の下で働いてくださっている暫定市長、莨谷先生のことはご存知ですね?」


 この場に集っているものはへつらうような笑みを一斉に浮かべ、頷く。

 ――不味いな、こいつら。

 ――俺に任せればなんとかなると思ってる。


「学士様には世話になっております!」

「学士様のおかげで我が軍の衛生環境は大幅に向上し、兵士どもの訓練も大いに進んでおります!」

「なんでも王都から叙勲されるとか? いやあ素晴らしいことで!」

「もしや学士様が新たなる兵器を!?」

「タバコダニ先生におまかせすればなんとでもなるはずだ!」

「先生、説明を」


 颯太そうたは椅子から立ち上がって一礼すると、聴衆たちに語りかける。


「結論からいきましょう。竜種の群れを撃退する方法はあります」


 颯太そうたは朝飯前だという面で語り始める。両手を広げ、にこやかな笑みで。

 腹の底では目の前の彼らを厭わしく思いながらも、己に定めた役を演じきる。

 彼らが望む「人間の男性、かつ王国や聖女に従う優れた錬金術師」として。


「ですが皆様にも戦っていただきたい――いえ」


 戦う、といった瞬間に広がった嫌そうな雰囲気を察して、素早く懐からペンを取り出す。


「剣や槍を持つ必要も、呪文を唱える必要もないのです。我々に必要なのは筆、そして紙です。皆さんもお手紙を書いていただきたいんですよ。王都に接収された錬金偽竜イコールドラゴンウェポンの貸与を」


 署名活動だ。


「これは国難を前に神の名の下に立ち上がった聖女様を、お支えせずして何が王国民でしょう。しかし我らはか弱き人間。邪悪なる竜と真っ向から戦える聖女様のような英雄などではありません。しかし一度あの錬金偽竜イコールドラゴンウェポンが動き出せば、竜の大群とて恐れることはありません――あとは接収されたそれが再び貸与されれば良いのです。ただ、この前線基地、復興都市の総意を届けましょう」

「ですがただの手紙で動くものでしょうか?」


 会議に出たものの中に仕込んだサクラが想定した質問を飛ばす。


「ただの手紙ではありません。この町に残っている民、この町で戦う兵士、全てのものが一人一人名前を書いて手紙を送ります。物資と配送の算段は既につけております。後は皆様の名前、そして意思です。それさえあれば、中央から兵器を取り戻すことは可能です」

「手紙で、ですか?」

「手紙で、です。間違いなく動きます。平民の単願ならまだしもここにいらっしゃる皆様は派閥や血筋の違いを越えて国難に集まる志高き戦士、なにより我々は『ミュンヒハウゼン男爵の遺児』をお守りするという大義があるのですから!」


 本当か?

 と思ったものも居ない訳ではない。

 しかし、彼らの前に立つ男は、綺麗も汚いもありとあらゆる手を使って邪魔者を潰し続けてきた得体のしれない男ではある。

 ――できるのかも? って、思うんだろうな、こいつらは。

 そこで、最高のパフォーマンスを莨谷たばこだに颯太そうたはもう仕込んでいた。


「そうです!」


 聖女がそこでひときわ大きな声で宣言する。


「そして錬金偽竜イコールドラゴンウェポンが戻った暁には、私と先生が乗り込み、皆さんが都市を防衛している間に打って出て敵を皆滅ぼしてみせましょう!」


 聖女は剣を掲げて高らかに叫んだ。

 血筋、身体能力、魔力、知力、強欲、この世界の人間という種族の強さをすべて背負ったような女がそう叫べば、もうそれに反対するものはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る