第119.5話 フィル君のドキドキ育児体験!~君は今日からソータ二世!~

《ビデオレターを起動します》

《莨谷颯太の脳内に接続確認、女神レンからの承認確認、入眠中に映像と音声を起動します》


 マスター、お元気ですか? あなたの忠実なる下僕こと、フィルです。天才錬金術師サンジェルマン野郎が作り上げた約束の民、人族の新たなる可能性、生命の秘密を体現したフラスコの小人。まあフィルはバリバリアウトドア派なので野蛮なエルフの村でもどんどんお仕事するわけですが……。


「フィルくん! あそぼ~!」

「フィル! 大鴉ネヴァンで遠乗りしようぜ!」


 おっと野蛮なエルフの少年少女が登場。まったく大鴉ネヴァンを乗り回すことしか娯楽がないのでしょうか。というか――。


「あの、お二人共、畑の草むしりは?」

芥子けし畑なんて放っておいても育つだろ?」

「そうよそうよ、それよりもフィルくんも遊ぼうよ!」


 なんということでしょう。無知蒙昧なエルフ共はマスターから頂いた技術にあぐらをかいて畑の世話をサボっているようです!

 これは許せませんよねえマスター! でも大丈夫、フィルはしっかり仕事をする錬金人族ホムンクルスでした。


「村長にバレたら怒られますよ?」

「それは嫌だな……」

「怖いもんね……」


 なんということでしょうマスター。この無知蒙昧にして無学野蛮なエルフどもは暴力をちらつかせなければ話一つ聞きません。

 とはいえ、マスターの御威光は村に遍く響き渡り、小麦と小麦粉の交換比率や村内でのトラブルの仲裁においてエルフがふっかけてきた場合に、人間やドワーフを守る力となっております。ご安心を。


「ほら、みなさん。しっかり働いてから遊びましょう。働かなければ死んでしまいますし、遊ばなければ死んでしまいます。折角生きてて楽しそうな時代が来ているんですから、しっかり働いてしっかり遊んで長生きしますよ」

「フィルは小さいのに言うことが立派だなあ」

「さすが村長の秘書だけはあるわね」


 ほら、なんかそれっぽい雰囲気になってきた。

 

「そうと決まれば善は急げ、草むしりをしたら幻獣狩りついでに大鴉ネヴァンで遠乗りです!」

「お弁当はチャパティだな! 作ってくれよクラーレ」

「あんたねえ、私にばっか料理作らせるんじゃないわよ」

「お前の料理が美味いから……」

「調子良いことばっかり言うな!」


 そういえば、アヤヒさんのご友人のクラーレさん、彼氏居るみたいです。

 エルフの村も恋の季節ですね。

 しかしそんな平和な日々の終わりももうすぐそこまで来ていました……。


「おぎゃあ……」

「おっ?」

「え?」

「なんです今の」


 粉挽き小屋の軒下に赤子が捨てられていたのです。


     *


 結局、僕たちは赤子を拾って粉挽き小屋で清潔な水で清め、山羊の乳を与え、ひとまず僕が夜の哨戒飛行に使うボロ布でくるんでベッドに寝かせました。

 実は僕毎晩マントを着て空を飛んでいるんですよ、格好良くないですか? サンジェルマンみたいなことを言うなって? あいつと一緒にしないでくれません?


「おぎゃあ! おぎゃあ!」

「どうするのよチャイ! 人間ヒューマンの赤子よ!」

「知らねえよ俺が知りてえよそれよりもお前のオヤジに見られたら俺が殺される!」

「殺されないわよ我が家の芥子畑を耕す跡継ぎができたって喜ぶんじゃないかしらぁ?」

「まだ自由を楽しみたいしそもそも俺の子でもお前の子でもねえだろ! これ!」

「これとか言わないの! 残忍で卑劣で陰湿な人間ヒューマンとはいえ、赤子に罪は無いわ!」


 切れの良い差別発言エルフスピーチにも慣れてきた昨今。

 マスターは政治的に正しい市長できてますか?

 うっかり差別発言などで炎上していませんか? ヌイ先輩に手を出したり、その他ふしだらななにかで燃えてませんか? 高跳びの際はまっさきに助けに行くのでお申し付けください。


人間ヒューマンにも村長みたいなヤバ……いや良い人居るしな」

「村長の隠し子じゃないかしら」

「あの人節操ないもんな。行きずりに他の人間ヒューマンの女捕まえててもおかしくねえよ」

「発覚したらアスギさんに殺されるわね。あの人怒らせたらヤッバいんだから」

「じゃあこの子匿うのやばくないか?」

「確かに」

「お待ち下さい、チャイさん、クラーレさん。そもそもまだ村長マスターの隠し子と決まったわけではありません」

「でも人間ヒューマンがここまで迷い込んでくるってあり得る?」

「粉挽き小屋は火事対策の目的もあってどちらかといえば村の外れ。それに昨今都会では竜の恐怖から辺境に逃げ出す愚かな人間ヒューマンが増えていると聞きます」

「舐めてるよな、生まれた土地で死ねよな人間ヒューマン

人間ヒューマンはさもしいわね」

「多分エルフ差別が発生したのってそういうとこ原因ですよ」

「そんな……」


 肩をすくめるより他にありません。


「まあそこらへんは大事なことではありません。村長マスターはそのうち人間世界を支配するお方、あの方が天に立てば全ての差別や偏見、無知迷妄は打ち破られ輝かしき理想世界が顕現することでしょう」

「俺は馬鹿だからよくわからねえがフィルの言うとおりだと思うぜ!」

「私もフィルくんがそう言うならそうだと思う」


 ごらんくださいマスター。マスターのお力は全ての村人の信じるところとなっています。マスターのお声一つでエルフたちは命を捨てて戦うでしょう。無論そのようなことはしないと分かってますが、たとえですたとえ。


「そうでしょうそうでしょう。というわけで今は赤子の事を話しましょう」

「そうだな。誰が世話するか……」

「私は困るわよ、捨て子なんて……アヤヒちゃんがいればいい感じにしてくれるんだけどなあ……」

「アヤヒと比べないでくれる? アヤヒと比べられるとなんかエルフ男子は甲斐性無しみたいになるじゃん」


 男子、というかエルフの男は概ね甲斐性無しなのだがフィルは偉いのでだまります。飲む寝る遊ぶしかしないなんてわざわざ言いません。


「無いでしょ甲斐性」

「彼氏にそういう事言うか?」

「やれやれお二人共、大事な事を忘れていますよ。誰が世話をするにしても、まず真っ先に話し合うべきことがあるはずです」

「なんだよフィル~?」


 僕は渾身の笑顔どやがおでこう言いました。


「名前です。どうでしょう、この赤子。男の子です。なのでこの村に恵みをもたらした偉大なる村長にあやかってソータ二世と名付けてみませんか」

「それは良い。あわよくば村長みたいに俺たちを豊かにしてくれるかもしれん」

「あわよくば村長みたいに良い男になってしかも手を出してもお咎めなしになるかもしれない……ってこと?」

「クラーレ?」

「冗談よ」


 小さくも可愛くもない亀裂がカップルに生じそうに見えましたがまあ見なかったことにしておきましょう。

 どうですかマスター、村の日々もなかなか刺激的です。しっかりフィルが守っておくので、早く帰ってきてくださいね。

 ソータ二世も待ってます!


!?」


《意識レベル急上昇》

《再生を一時停止します》

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