第119.75話 フィル君のドキドキ育児体験!②~ソータ二世と遊ぼう!~

「……なに?」


 颯太そうたは思わず飛び起きた。


「ふぁあ……どうしたんですかソウタさん。お体に障りますよ」

「あ、ああ。悪い……いや、まさか。まさか、まさかなあ」


 隣で眠っていたアスギは寝ぼけ眼だ。午前三時、空はまだ昏い。

 妙な夢を見たのだろう。

 颯太そうたは自分に言い聞かせ、眠ることにした。


     *


《一時停止解除、再生開始》


 それから少し場面は飛びまして、フィルはアッサムさんの家にソータ二世を見せに行ったのです。


「ああー、こりゃあれかもわからんな」


 マスターが居ない間、村を預かるアッサムさんはそう言って面倒そうにヒゲをいじりました。


「この前、なんか良い身なりの人間ヒューマンが村外れで行き倒れていたから埋めたんだけどよ。そいつら子供用の荷物も持ってたんだよな。そいつらの子供かもしれねえ。よく生きてたな。親の方はなんか大自然とか種族の平等とか無魔法野菜とかよくわかんねえ思想の強い本ばっかり持ってサバイバルキットも何もなかったからガキも死んだもんだとばかり」


 匂いセンサーなどから大鴉ネヴァンの巣で一時期保護されていたようなのですが、管理責任問題になりそうなので黙っておくフィルなのでした。


「なんと、じゃあソータ二世はマスターの子ではないと?」

「当たり前だろ、居たら大問題だ」

「ヤバいのですか」

「そりゃそうだ。特に、母親が分からない上に、人間ヒューマンなのが不味い」

「不味いのですか」

「うちの村長どのは偉くなりすぎたからな。それにほら、女性陣が殺気立つ」


 それは全くそのとおり。

 マスター見てますか? あなたの周囲の女性陣は隙あらばマスターの寵愛とか子供とか狙っていますよ? お気をつけくださいね? シンジケートクラッシャーですからね?


「確かにそうです。今はアスギさんがマスターの傍にベッタリだからまだいいですが。得体のしれない人間ヒューマンの女がここで出てきたら森人エルフの村の利権代表者としてのマスターの立ち位置が怪しくなります」

「そういうことだな。あいつらがさっさとこう……良い感じになってくれれば良いんだがな」


 アッサムさんも胃が痛そうです。マスター見てますか? あなたがおモテになるのが悪いんですよ。いえ、フィルは勿論マスターの味方ですが。


「ほぎぇあ! ほぎぇあ!」


 フィルたちが面倒な話をしているとソータ二世が泣き始めました。


「おっとやべえ、おいフィル、山羊の乳温めてくれ。俺が少し見ておく」

「おや、栄養不足でしょうか?」

「腹すかせたガキの泣き声なんて人間ヒューマン森人エルフも変わらねえよ。人肌の温度で頼むぞ」

「イエス理事長ボス!」


 そう言ってフィルは農作業中だった近くの家の村人(マスターとクッキングバトルをしていたおばあちゃんです)に、山羊のミルクを分けていただいたのでした。


     *


 フィル特有の完璧な温度感覚で山羊のミルクを37.5℃に仕上げ、ソータ二世へのワクワク授乳タイムとなりました。

 意外なことにアッサムさんが手慣れており、ソータ二世はご満悦です。


フィルにもやらせてください!」

「馬鹿おめえもうお腹いっぱいって顔だろうが」

「ソータ二世に授乳したかった……機能増設しますかね」

「男だろお前!?」

「いえ、どちらでもありませんが……」

「え? あ、あー……難しいな最近の若者は」

「特に性別とかないですからね。設計段階で。それにしてもお上手ですね。乳児への授乳、むしろそっちのほうが難しい気がしますが」

「慣れてるんだよ。アスギもアヤヒも俺が世話してたからな」

「……はて、そういえばアッサム様の奥様は」


 ミルクを飲み終わったソータ二世の背中をトントンと叩きながら、アッサムさんは事も無げな調子でしたが――


「死んだよ。元から長くはなかったんだ。人間ヒューマンの城で電池にされててな。俺が助けて田舎に連れ帰って……まあそんな感じだ」


 などと言われると、フィルは何を言えば良いのかわからなくなってしまいました。


「アヤヒの時は単純にアスギが不器用だったから俺や近所の婆様連中に手伝ってもらったのさ。あいつは昔からそう、殺し合い以外何をさせてもダメ。肝心の殺し合いも加減ができねえし、本人が嫌がる。本当にダメな娘だ」


 そう言って笑い話のような笑顔をされても、フィルは笑えません。

 ソータ二世は何も知らずにケフとげっぷをして、キャッキャと笑っています。

 アッサムさんは僕の頭をポンポンと撫でると、抱いていたソータ二世を僕に渡します。


「お前は人間ヒューマンでも、森人エルフでも、丘人ドワーフでも、遊人ハーフリングでもないんだろう」

「は、はい」


 なんだか受け取る赤子が妙に重たくて。


「俺たちは貧しかったからな。憎まなきゃいけなかった。利用しあわなきゃいけなかった。そう思う。でもお前らまで同じ流儀でやっていく必要はない。アヤヒやヌイが作っている新しい村、ソウタが治めている街、竜という人類共通の敵。きっとこれから何かが変わる。その時に、何者でもないお前がきっと必要になる」

「そうでしょうか」

「そうさ。信じてるぜ」

「応えられるでしょうか」

「ソータ二世が笑って過ごせる場所を作ってやりな。俺はそこでガキどもにエルフ空手でも教えて悠々自適の老後でも過ごすさ」

「……そうですね。そうしたいです。命令とかじゃなく」


 この手の中の重さが、そうしろと。

 マスターを駆り立てるものはこれと同じなのでしょうか?

 フィルの心は、今この重みに引きずられています。

 マスターにお仕えするという存在意義、それに寄り添って走る衝動があります。

 マスター、今度帰ってきたらいっぱいお話ししてください。


《再生を終了します》


     *


 ――ああ。

 颯太そうたの意識を朝日が揺り起こす。

 アスギが部屋の小さな台所で麦粥キュケオーンを作っている。

 ――ああ、俺は。


「おはようございます。今朝はコーンフレークという食材を使った麦粥キュケオーンですよ」

「麦じゃないね?」

「なんでもキュケれます。得意料理なので」


 アスギは自信満々の笑みを浮かべた。

 颯太そうたもつられて笑ってしまう。

 それから起き上がって、後ろから彼女を抱きしめた。


「あら、どうしたんですか朝から?」

「なんでもない」


 ――フィル、お前もそっち側か。

 ――お前も、なにか綺麗なものが、見える側なのか。

 颯太そうたはアスギを抱きしめたまま、部屋の外から聞こえる兵隊たちの訓練の声に耳を傾けた。

 ――俺はただ、腹が立っただけなのに。


「なんでもないことはないでしょう」

「アスギさんは何処にも行かないでくれよ」

「うふふ、そうですねえ。あなたが勝手に消えないなら、がんばります」


 戦いの日は近づいていた。

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