第118話 昨日の敵は今日の友、竜殺しの大英雄から知恵を借りよう

 颯太そうたと女神は北の小王都の歓楽街で医療チートによりそこそこ楽しくやっていたサンジェルマンの診療所を二人で訪れた。

 人だらけの診療所をミニスカナース服姿の美少年が忙しく駆け回っていたが、颯太そうたはできるだけそれを見ないふりして、診療所の奥でくるみ割り人形の姿のまま診察を続けていたサンジェルマンの部屋までたどり着いた。


「やれやれ、あなたたちですか」

「いぇ~い女神ちゃん登場~」

「診察中悪いな。こっちが賑わっているのは良いけど娼館の経営はどうだ?」

「僕は天才なので君が適当にぶん投げてきた貧困層へのセーフティネットの仕事や歓楽街の公衆衛生の改善に努めながら一定の収益を上げてますが……みかじめ料もちゃんとお支払いしてるじゃないですか」


 颯太そうたはニッと笑う。


「さすが、甘えさせてもらったぜ」


 そう言って、自らの権能スキルで精製した純度の高い医薬品の入ったトランクをサンジェルマンに手渡した。

 サンジェルマンは呼び出したミニスカナース美少年にそれを受け取らせると――


「まあ存分にどうぞ。僕はそういう仕事、嫌いじゃありませんから」


 そう言って満足気に微笑んだ。


「その割には城に引きこもって技術を秘匿していたわよね。ソウタの技術チートの余地でも残してたの?」

「優れた技術は僕だけが扱えれば良いということです。人族はお薬一つ満足に扱えない愚かな連中が大半です。そういう人々のこと、一々考えたくないじゃないですか」

「なるほどね。だから錬金偽竜イコールドラゴンウェポンも封印か」

「……ミュンヒハウゼン男爵の先祖は学才があったのですが、子孫はまるで駄目ですね」

「要はあいつらが勝手に持て余して封印したと?」

「そんなところです」

「今も、封印を解いたあとは国に接収されちまったよな」

「国も持て余してるのでしょうね。放置して国に差し出さずにあなたが所有すればよかったのに」


 颯太そうたは肩をすくめた。


「ありゃあの男爵のご息女のものだ。俺のものじゃない」

「変なところで律儀ですね。麻薬売の少年のくせに」

「そんなマッチの向こうに浮かぶ哀れな夢にすがるしかない子供に玩具を作ってくれたりしませんかね」

「なに?」

錬金偽竜イコールドラゴンウェポン、俺にも作ってくれよ」


 サンジェルマンは特大のため息をついてみせてから――


「いいですねぇ!」


 嬉しそうな悲鳴を上げた。

 ――即答かよ。

 もちろん嬉しかったが、同時に無性に不安になる。


「マジ? やってくれるの? マジ?」

「予算と納期ですが、ざっとこんなもんで」


 そう言ってサンジェルマンが機械の身体から書類を吐き出して颯太そうたにわたす。


「うわ」


 心底嫌そうな悲鳴を上げる颯太そうたなのであった。


「どうしました?」

「ひゃ~今のソウタの農協シンジケートが生み出す収益の何年分かしら。これだけあったら未踏地の開拓村も百は建築できるわね。裏工作費用とか人件費とかコミコミで」

「そもそも農協シンジケート勢力下の農村に学校を建てて回れるな……」

「ああ~大事ですよねえ学校。最低限の価値基準のすり合わせができなくなりますもの、学校教育が無いと」

「じゃあなんでこの王国は人間以外の種族を学校から締め出したんだよ」

「そりゃあ人間が一人勝ちする為でしょ。まあ一人勝ちの為に社会の土台突き崩しているって話ですが」


 ――こいつ、俺が言いたいことを先回りしたな。

 颯太そうたはため息をついた。

 ――やっぱ俺より頭良いよなあこいつ。


「……なあサンジェルマン。竜の本隊が攻めてくるらしいんだよ」

「お、やっと本題じゃないですか」

「あんた何か知恵無いの?」

「流石に新兵器建造は今回は間に合わないと思う。だから竜殺しの専門家ことサンジェルマン伯爵の意見を聞きたいんだ」


 ガションと機械の腕を鳴らして顎に指を添え、考え込む仕草をみせた。


「それ、今晩話しましょう。そちらの拠点に僕が向かいます。診察の合間にできるお話ではないですから」


 サンジェルマンは珍しく真面目な声色で返事した。


     *


 その日の晩、キンメリアにある颯太そうたの屋敷に金髪碧眼の男が現れた。

 市長としての執務室は基本的に防音。会話が漏れることはない。おまけに女神が見張っている状況だ。蟻の子一匹通れはしない。

 

「あのエルフの……アスギさんは居ませんか?」

「居るわけないだろ。見られたら俺もお前も大変なことになるぞ」

「それはそうです」


 男はホッとしたような残念そうな顔で何故か筋肉を誇示するようなポーズをとった。どう見てもサンジェルマンである。


「それよりもその姿はなんだ。お前の肉体は奪ったはずだぜ。俺たちが」

「ええ、そうです。ただのホログラムですよ」

「お前だけ技術がサイバーパンクなんだよな。まあいいや、本題に入るか」

「あなた達が快勝を続けたせいで竜の連合軍がキンメリアに意地になって攻めてくるという話でしたね」

「そうだ。二つ疑問がある。一つはどれほど強い相手なのか、もう一つはどうやったら聖女様を中心とした内ゲバ止まぬ貴族連合軍でそれを止められるか、だ」


 サンジェルマンは肩をすくめた。


「竜はこの星で最強の生き物。生きている魔法です」

「生きている魔法」

「具体的に言えば、そもそも竜には魔力による攻撃しか通りません。莨谷先生の能力がまともに通じるのは頑張っても中級の竜まで。具体的に言えばあの白竜クラスがギリギリのところでしょう。あなたですらそのざまです。聖女や僕……ギリギリのところでアスギさんのような例外を除けば……人族は下級の竜にも勝てません。数の有利もほとんど無いですしね」

「白竜……あれで中級か」

「ええ、上級の竜はもう絶滅しているはずですしね。今の竜は肉の身体に頼った程度の低い竜ばかりですよ。人族の堕落ぶりとどっこいどっこいです。その上で――女神を起動させなければ今からでも人類の生存圏を消滅させる力があります」


 ――やっぱり女神か。

 颯太そうたは王都の中枢で眠る彼女の本体を思い浮かべていた。

 ――あとは何時起動するか、だな。


「貴族連合軍がその竜族を止める方法ですが、最低でもサンジェルマンの十三兵器を三つは起動させなくてはなりません。あるいは女神本体の起動です」

「わかった。じゃあ今日の中心的な議題はそれだな」

「ええ、十三兵器を今から慌てて集めるか、女神本体を起動させるか。そのどちらかです」


 どちらにせよ、楽な話ではない。

 サンジェルマンはそういう目をしていた。

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