第77話 エルフの村で学校を始めよう!~エルフの村の炭焼き教室、炭から作る異世界正露丸(せいろがん)!~③

 こうして颯太そうたとエルフの子供たちは給食を共にした。

 穏やかにすぎるかに思われた給食の時間だったが、思わぬトラブルが発生した。


「先生! ルフナちゃんが食べすぎて腹壊した!」

「マジか。それと大声で叫ぶのはおやめなさい子供らよ」

「はわわ……フィルの料理で食あたりを……?」

「フィル、落ち着け。原因はまだわからない。とりあえずルフナをトイレに連れて行ってやってくれ。ついでにお前の機能で身体のスキャンとかできたらやっておいて」

「はいマスター!」


 ――女の子だし、俺が連れて行くのもちょっとな。

 その点、性別の無い人造人間ホムンクルスのフィルは適任だ。

 お腹を壊したエルフの少女をフィルに任せ、颯太そうたは他に調子の悪い子が居ないことを確認した。

 ――他にお腹を下した奴は居ないから、ただの食べすぎか。


「先生、ルフナちゃんは午後からの授業どうするの?」

「ルフナちゃんだけ出られなかったらかわいそうだよ」

「ああ、そうだな。だが痛いってものを無理させるわけにもいかないからな……」


 ――さて、どうしたものか。

 颯太そうたは思案する。

 ――女神の権能スキルのせいで、俺自身がこういう体調不良と無縁の健康な体になったからか、さっとアイディアが出ないんだよな。

 サンジェルマンが他人の『老い』に無頓着になったように、颯太そうたも他人の『病』や飲食物の『毒』に対して危機感が無くなっている。

 普段の彼らしくもなく、しばらく頭を捻っていると、フィルが教室に戻ってきた。


「マスター、何か痛み止めのような薬は無いでしょうか」

「痛み止め?」

「一応、落ち着いたとは言え今は冬場。ちょっとした刺激でお腹の調子が崩れてしまうことは十分考えられます。繊細な子供の肉体ならなおのこと注意すべきです」

「成程、詳しいな」

「サンジェルマンのやつが、フィルの製造時に最低限の医学的知識もプリインストールしておりました」


 ――便利。教育の必要無しに知識を使わせられるのかよ。

 颯太そうたはフィルを作成したサンジェルマン伯爵の技術力に舌を巻く。

 ――やっぱり殺さなくて正解だったな。フィルの維持の為にはあいつの力が必要だ。


「そいつは助かる。しかし、薬か、腹痛の薬でいいよな」

「ええ、只の痛み止めならばこの村には腐るほどありますが、子供の体にできるだけ無害なものが良いかと」

「だったら良いものがあるな」


 颯太そうたは教室の生徒たちの方を見る。

 半分くらいは気にせずにカツサンドを食べているが、もう半分は少しだけ不安そうだ。

 颯太そうたは彼等を不安にさせないために笑顔を作った。


「実は木炭を作る過程で、お腹の痛みを止める薬も作れます。少し待っていてください。先生がお部屋からとってきましょう」


 颯太そうたはフィルにこの場を任せて、屋敷の中にある自分の部屋へと薬品を取りに向かった。


     *


 トイレから帰ってきたルフナに黒い丸薬を飲ませてから、颯太そうたはさっそく薬について説明を始めることにした。


「木炭を作る時には、木を燃やす煙が出ます。この煙の中から実はお腹の調子を良くするお薬がとれます。今ルフナさんに飲んでもらったお薬ですね」

「炭から薬が取れるの?」

「だから黒かったんだ!」

「炭なんか飲みたくねえよ!」

「はい、この薬の作成は皆さんの村で作っている阿片あへんの生成作業と同じように、蒸留と呼ばれる作業を行っています。煙から取れた液を蒸留することで中の成分を取り出しているわけですね」


 颯太そうたは黒板に炭焼き窯の煙突から採取した液体が油分、木酢液、タール分の三層に分かれる様子を描く。


「はい、この一番下の黒くてドロッとしたタール層を蒸留しています。そして先生が女神の力トクベツナショリで毒になる物質を抜き取って、みなさんも使えるようにしています。だから薬の成分だけが取り出されて、体に害が無いようになっています。もしお腹が痛くなっても安心して飲んでください」


 要するに、正露丸(せいろがん)である。なお、この(せいろがん)の表記を外すと商標の関係で不味いことになるのでお気をつけください。今回の作品タイトルもそういった意図のもとに記述されているので法的に問題はございません。ご安心ください。


「えー? 本当?」

「あやしいなあ」

「本当だぞ。嘘だと思うなら、今度先生がお薬を作るところを見学に来てください。アヤヒお姉ちゃんも手伝ってくれてるぞ~」


 それを聞かされると子供たちがにわかにざわめく。


「見に行っていいの!?」

「それは見たい!」

「お姉ちゃん何時も自慢してるんだよ!」

「うんうん、アヤヒお姉ちゃんみたいにちゃんと勉強してくれるなら何時でも歓迎です」


 子供たちは期待に目を輝かせている。

 ――眩しい。とても眩しい。

 麻薬マネーが源にあっても、子供たちの笑顔の価値に変わりはない。

 ――ああ、俺、死ぬ前よりもちゃんと先生やってる気がする。

 ――やっぱ文科省と上司の存在しない世界で始める教師って気分良いなあ~!

 ――さっさと麻薬王なんてやめて女の子にチヤホヤされながらエルフに叡智を授けて無限に良い気分になるだけの日々を送りてぇ~!

 などと、調子に乗り倒した颯太そうたが良い空気を吸っていると。


「犬だーッ!!!!!!!!!!!」


 子エルフの一人が叫んだ。


「犬!?」

「イヌーッ!」

「ワォワォ!」

「でっけえ~!」

「村の外から来たのかな!」


 颯太そうたのさっきまでの話など忘れ、子供たちは教室の窓に向けて駆け出した。その中にはさっきまで腹痛を訴えていたルフナも居る。

 ――あ、お腹もう大丈夫なんだ。良かった。

 ――じゃなくて、犬? 誰かの家の犬が敷地に迷い込んだか?

 颯太そうたも子供たちの後ろから窓の外を覗き込んだ。


「……あれ、犬じゃないわ」


 颯太そうたは静かに呟く。

 彼は、元の世界でその生き物を散々見た覚えが有った。

 だから一発で分かった。


「モルモットだ、あれ」


 ただ元の世界のものと違って、そのモルモットの手足は車輪になっており、人間一人を載せることが可能なくらいには巨大だった。


「――pui!! pui!!」


 村長宅の敷地に入った巨大なモルモットは、車のクラクションのような鳴き声をあげた。

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