第50話 パンとサーカス! クッキングバトルで発生したギャンブルでエルフの村民たちから金を巻き上げよう!【先行公開】

「さあここまでの審査状況を纏めましょう」


 クッキングバトルは激戦となっていた。


「ジャワお婆ちゃんのドライフルーツ焼麦レンバスは、さっくりした小麦の風味となめらかな口当たり、そしてほのかに香るまだ青いカモスの果皮の香りが爽やかな甘味を引き立てる絶品オブ絶品!」


 テーブルの上に並ぶジャワお婆ちゃんの焼麦レンバスは元々保存食の上、精霊の御加護によりずっとホカホカだ。

 

「一方、村長の新しいパン……プーリーは! サクサクの生地に香ばしいソースが絡み、甘くてしょっぱくて脂たっぷりの悪魔的風味! これは危険です! 直ちに健康に問題が出かねませんがそんなこたどうでもいいので何個でも食べたくなる!」


 颯太そうたのプーリーは時間経過に弱いが、勝負の公平を期する為に、同じように精霊の御加護を受けているので食べるまでずっとサクサクだ。


「現在の審査員の票は村長とお婆ちゃんにそれぞれ一票ずつ! 戦いの行方は前村長の投票に委ねられた!」


 この勝負の結果を決めるものは味に他ならない。

 ――訳ねえよなあ。

 この状況、既に莨谷たばこだに颯太そうたの一人勝ちが確定していた。


だ!! どちらもそれぞれ……美味い!」


 アッサムの高らかな宣言と共にエルフたちがノリで歓声をあげる。

 ――先にこの人だけ買収しておいて良かったな。

 颯太そうたとジャワは互いに健闘を讃え固く握手した。


「大したもんじゃないか。あとで村長の料理も食わせてもらおうかしらね」

「あとで、などと言わずにすぐにでもお手伝いしていただきたいことがあるんですが」

「なんだって? 言ってみな」


 颯太そうたはジャワの耳元でこの後のお手伝いについて説明した。

 一方その間も、エルフたちはしばらく惜しみない拍手を送っていたのだが、やがて気づく。


「なあ、引き分けの場合って賭けた酒どうなるの」

「あっ、確かに」

「俺も金賭けた」

「ニルギリ、どうなってんの?」

「お前が持ってくとかはねえよな?」


 ひとしきり勝負が終わったことで満足したエルフたちはニルギリに詰め寄る。

 ニルギリは颯太そうたの方をチラチラ見ながらエルフたちの問いかけに答えた。


「……実は、一人だけ引き分けに賭けた奴が居る」

「誰だ!?」

「クソッ、そいつの総取りかよ!」

「ゆ、ゆるせねぇ~~~~」


 そんな声が上がる中、高らかに名乗り出た男が居た。


「俺だ」


 莨谷たばこだに颯太そうたである。


「ずりぃぞ村長!」

「選手が賭けるなーっ!」


 ヤジを制しながら颯太そうたは大きな声で叫ぶ。


「この後、ジャワお婆ちゃんに作ってもらった料理で宴会を開く! 俺の奢りだ! 狩りの獲物とか畑の作物が余ってる奴はおつまみにするから売りに来い! 家族も連れてきて良いぞ!」


 エルフたちは瞬間瞬間を雰囲気で生きている。

 タダメシとタダザケと村長命令があるなら大抵のことは許してしまう。

 それを颯太そうたはこれまでの経験から学んでいた。


「村長最高!」

「ちょっと幻獣モンスター狩ってくる!」

「酒飲んでる場合じゃねえ!」


 颯太そうたの予想通り、クッキングバトルを見物に来ていたエルフたちは大歓声を上げた。


     *


 その日の深夜。


「……そんな訳で、今晩は帰りが遅れました」

「あらまあ」


 颯太そうたはアスギの寝室に居た。


「村長ともなるとお忙しいんですね」


 隣で横になっているアスギは、耳元で囁く。少し恨めしそうに。


「まあそんなところです」


 颯太そうたは彼女の背中に腕を回すと、そのまま抱き寄せる。

 すると、アスギは颯太そうたに抱きついて、頬に唇を寄せた。


「なんてね。ソウタさん。いつもお疲れ様」

「怒られるかと思ったんですが……調子が狂うな」


 ――考えてみると、いつも宴会ばかりしているし。

 今回はなんと言ったものかと、悩んでいた意味がなくなってしまった。


「必要なことだったんでしょう?」

「まあ、そんなところかなあ」

「なぜまた宴会を?」


 アスギの肩を抱いたまま、颯太そうたは少し黙り込む。簡単に言えばパンとサーカスだ。そこまで気の利いた台詞を出せる訳ではない。颯太そうたが得意なのは日本語ではなく、教唆と扇動だ。


「小麦粉を使用した料理文化の推進・定着、それを通じた農産物の管理体制の確立、宴会を通じた村の成員全体への資産の再分配、そして村人の皆に村長の力と知恵を示す目的がありましたね。いずれも村の安定した運営に必要な行為です」

「そうなんですか……すごいですね……?」


 アヤヒやヌイのような賢く柔軟な子供たちならば即座に理解できたことだろう。けどアスギに理解はできない。颯太そうたもそれは織り込み済みだ。正確に伝えることよりも、むしろ安心感を与える方向で返事を考えていた。


「だって、みんな楽しく暮らせるのが一番じゃあないですか」


 真実はともかく、アスギにも分かりやすく噛み砕く。だがアスギは不安そうな顔をしていた。


「……人を殺すためとかじゃないですよね?」

「まさか」


 ――いつか人を殺す為に使われるかもしれない、けど、今は違う。

 そんな颯太そうたの心を知ってか知らずか、アスギは言葉を続ける。


「ソウタさんが村を守る為に恐ろしいことをしているのは知っています。今はそれで良いです。けど、そんなことを続けて、ソウタさんが死んでしまったら……」

「大丈夫。御存知の通り、しぶといんですよ」


 寝室の暗がりの中でも、颯太そうたはアスギの表情がみるみる暗くなっていくのが分かった。

 ――死んだ旦那のことでも思い出して、不安になっているのかな。

 少しだけ、妬ましかった。


「けど、私は、弱くて、グズで、落ちこぼれ……なので」

「そんなことありませんよ。助かってます」


 アスギは颯太そうたに抱きついたまま首を左右に振った。


「そういうことじゃなくて、本当に落ちこぼれてたんです。父は、母が死んだ上に私が傭兵として使い物にならないと見切って、村に戻ってきたので……。あなたが死ぬのも、私があなたの役に立たなくなるのも怖いんです」

「だから、何も変わらずに、ここに居て欲しい……と」


 ムリな相談だ。けど、忘れてはいけない思いだ。

 と、颯太そうたは結論づけていた。


「はい。私が逃げた世界に、あなたは向かっていくような気がして、それが怖いんです。だからね……ソウタさん。行くなとは言いません。あまり遠くならないでください」


 アスギが颯太そうたを抱きしめる指の力は次第に強くなっていた。背中に食い込む指の力にかすかな痛みを覚える。今はもう気を抜けば簡単に忘れてしまいそうな痛みだ。颯太そうたはそれを思い出す。


「分かりました」


 颯太そうたはアスギの髪に指を通した。


「あなたが遠くなっても、待ってますから。だから……遠くならないでください」


 それから彼女の頭を撫でた。


「あなたの作る麦粥が好きなんですよ」


 いつも傍に居るとは約束しない。嘘は苦手だ。なにせ嘘は、颯太そうたの知る教師の仕事に入っていない。


「……飽きていたくせに。自分で人間みたいなパンまで作って」


 ずるい、とアスギは言外に責める。


「あの麦粥はこっちに来て最初に食べたものですからね」

「毒が入ってるかもしれませんよ?」

「全部飲み干しますよ」


 そう言って、颯太そうたは抱きついてたアスギの両腕を引き剥がし、ベッドの上に抑えつけた。

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