第47話 水車ができたので粉を挽いて小麦粉を量産しよう!【先行公開】

 翌日、昼食の時間が近づいた頃。


「じゃあな婆ちゃん!」

「あんたもそいつも強かったぞ婆ちゃん!」

「今度はそのカッケー烏に乗っけてくれよ婆ちゃん!」


 若くて威勢の良いエルフたちは自分たちをあっさり打倒したマリエルとネバーモアにすっかり懐いていた。


「うるっさいよクソガキどもっ! マダムとお呼び!」

「ア゛ーッ!」


 ネバーモアも不機嫌そうに鳴いているが、自分をべたべた撫でるエルフたちへの翼ビンタはこころなしか優しい。ビンタを受けたエルフたちも無傷だ。


「なんだよまだ怒ってるのか?」

「そりゃそうだろ」

「そっか。射ってごめんなネバーモア!」

「また来いよネバーモア!」

「ばいばいネバーモア!」


 手を振るエルフたちに見送られ、大鴉ネヴァンのネバーモアと遊人ハーフリングのマリエルは、エルフの村を去っていった。


「……アッサムさん。なんであいつら仲良くなってるんですか」

「ソウタ、森人エルフとはそういうものだ」


 彼女を見送った後、颯太そうたとアッサムは二人並んで村長宅へと向かっていた。


「それにしてもマリエルさん、昼飯くらい食っていけばよかったのに」

「あいつ森人エルフの料理嫌いなんだよ。知ってるだろ?」

「その割には村長、なんか弁当持たせてませんでしたか?」

「ああ、焼麦レンバスか? 村の焼麦レンバス名人のジャワお婆ちゃんが作った焼麦レンバスしか食わねえんだよあいつ」

「レンバス?」

森人エルフ伝統の料理でな。まあお伽噺に出てくる魔法の食事を真似した万能栄養食だ」


 ――おっと、嫌な予感がしてきたぞ。

 エルフの食事は味が薄い、ハーブ臭い、少ないの三拍子が揃っている。

 颯太そうたが身構えるのも無理はない。


「レンバスは遊人ハーフリングでも食べるんですね」

「基本的に味がしないからな。無だ。ジャワお婆ちゃんのやつは別物だが誰も真似できないんだなこれが」

「そんな気がしてました」

「折角だし今日の昼はアスギに作らせてみるか、焼麦レンバス。焼き立てだとほのかに香ばしい香りがして上手いんだよ。味噌を塗って軽く炙るとこれが美味しいんだなあ」

「……まあ、物は試しですしね」


 ――最悪、アヤヒかヌイに食ってもらおう。

 颯太そうたはお腹を抑える。

 

「若者に飯を押し付けるのは老化の兆しだぞ」


 ――ばれた。

 颯太そうたは苦笑いをする。


「エルフにもあるんですか、老化」

「修行を続けられなくなると俺みたいにシワができる。本来、鍛え続ければ老いて死ぬことはないが、そんなの無理だな」

「成程ね……長生きしてくださいよ? 今死なれたら困る」

「……はっ、そうだな。もう一人孫の顔見たらやる気出るかも」

「マジか……」

「ある程度落ち着いたら考えとけ」


 ――あんだけ病気と薬でボロボロの体で作れるのだろうか。

 ――逆に作れないほうが気楽ではある……が。

 暗い顔を悩んでいると勘違いしたアッサムは、何も言わずに颯太そうたの肩を叩いて頷いた。


「無理にとは言わんさ」


 どんな意図があるのかは颯太そうたにも分からなかったが、アッサムはなんだか優しい顔をしていた。


     *


 その日の昼。アッサムも含めて優しい食卓を囲んだが、それはそれとして焼麦レンバスはとても不味かった。


「……………………」


 焼麦レンバスを作ったアスギがジッと颯太そうたを見つめている。

 今すぐにでもクソ不味いと言いたい颯太そうただったが、彼にも人の心がある。

 ――も、申し訳ねえ。

 いたたまれない。だが不味い。


「ソウタ……やっぱり、不味かったんだね。し、しかたないよ。焼麦レンバス森人エルフの食べ物だし……口に合わなくても……。母様の焼麦レンバスは私がもらうね。私、好きだからさ……あはは」


 アヤヒは心配そうな顔だ。


「ソ、ソウタさん……」


 娘の配慮がアスギの精神を容赦なく削る。

 ――なんで、こんな、悲しいことに。


「味噌をつけて軽く炙ると案外いけるんだって。人間好みの味になる。味噌は好きだろ、人間も」

「あの、いや、それはそうですが」

「人間は軽率に味噌使うからな……足りなくなるだろ。エルフの一週間分の味噌を一日で使うだろ」


 エルフの村にも味噌と翻訳される発酵食品はある。

 要するに醤油とか味噌を塗ったせんべいのようなものだ。


「それは否定しませんが……」


 と、言いかけたところでアスギが味噌を入れた小さなお皿を差し出す。

 颯太そうた焼麦レンバスに塗ると、アスギが精霊魔法で軽く炙ってくれる。一口食べると麦と大豆の香ばしい風味が鼻の中を抜けていった。


「あ、美味い」

「ソウタ、えげつない量塗るね」

「こらアヤヒ。ソウタさんに失礼ですよ」

「いや別に悪いとは言ってないじゃん悪いとは」

「……」

「…………」


 二人の間の緊張した空気を察したヌイが割って入る。


「あ、あのお二人共、私も焼麦レンバスを頂いてもいいでしょうか。味噌はちょっとでいいので……」

「じゃあヌイちゃんの分は私が準備しよう。せっかくだから作る所も見せてあげるよ。母様、まだ小麦粉あったよね?」

「…………」


 アスギはしまったという顔をした後、面倒くさそうに視線を逸らす。


「母様?」

「切らしちゃったのよ……小麦粉。作るの面倒だし……」

「母様……」


 自分の発言がきっかけで空気が更に微妙になったことで、ヌイは身を固くする。

 ――ど、どうしよう。

 颯太そうたはこの空気感を何とかするために頭を働かせる。

 アッサムはマイペースに麦粥キュケオーンを掻き込む。


「ま、まあここは──」


 そんな時、家の扉が開いた。栗色の髪の少年が部屋に飛び込んでくる。


「マスター、水車の試運転に成功しました! 少量ですが小麦粉の製造にも成功しましたよ!」


 救世主デウスエクスマキナ、フィル君の登場だ。

 それはエルフの村に食糧事情の改善を告げる声でもあった。

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