第48話 水車で作った小麦粉で、カレー屋さんでよく見るデッケぇナンを作ってみよう!【先行公開】

 お腹を空かせたヌイに残った焼麦レンバスを食べてもらうことにして、颯太そうたはアヤヒを連れて新築の水車小屋を訪れた。

 フィルは扉を開けると自慢げに中を披露した。


「と、言うわけで皆様ごらんください! 村の暇してた森人エルフの皆様が面白半分に分けてくれた木材で作った水車です! 早く作るという命令を優先してこのような形式にしてみました!」


 小麦をすり潰す低い音が、静かに静かに響いている。

 小屋の中を流れる川の一部を使って、これまた小さな水車が回っていた。

 カム、クランクシャフト、水車、石臼。

 見た目には、一昔前の日本であれば特に珍しくもなかった水車小屋である。


「水の力で麦を粉にしてるの? これの何がすごいの? 麦を砕いて粉にするくらい誰にでもできるよね?」

「え、ええと……どうなんですかマスター?」


 アヤヒは不思議そうに首を傾げる。

 作った筈のフィルもこの水車の意義は理解できていない。

 颯太そうたは普段の説明癖が疼いて、思わずニヤリと笑ってしまった。


「それでは解説しよう」


 まず颯太そうたは水車小屋の中に流れる川の一部と、川の流れる力で回り続ける水車を指差す。


「川ってのは一定方向に流れ続ける。これが日によって増水したり逆に干上がったりする訳だが、エルフの村の用水路は精霊の力によってこの水流がある程度安定している。そうだなアヤヒ?」

「そりゃあね。頼めばやってくれるし」

「そしてフィル、この小屋は半分くらいは芥子けし畑の用水路として使う小川の上にある。だが、少しだけ、村のエルフに精霊魔法で川の流れをいじってもらったな?」

「この川が少し浅かったので、水車を使えるくらい深くしてもらいました」

「魔法と機械の融合により、粉を挽くという仕事を楽にした訳だな。これで一々石臼を回さなくても、小麦粉を作ることができる」

「小麦粉切らしちゃった時とかに便利そうだね。一々作らなくても、ここに来れば最初から小麦粉がある訳だし」


 ――最低限は理解してもらったが、まだ足りないな。

 そこで颯太そうたはフィルに質問をする。


「フィル、川を深くしてもらったお礼はしたか?」

「試験的に作った小麦粉をこっそりちょっぴり差し上げました」


 それを聞いて颯太そうたは頷く。

 ――良いじゃないか。完璧だ。

 思わず笑いだしてしまいそうな程、完璧な流れだった。


「素晴らしい。良い仕事をしたぞフィル。これは公共事業の手始めに丁度良い」

「ありがとうございます! マスター!」

「公共事業ってなに?」

「アヤヒさん。公共事業とは村や国などの権力者が、民を相手に行う商売です」

「あ、なんか悪っぽくない? きっとお金とか食べ物とか吸い上げるんだよね?」

「……そうでもないんだ。その過程で村民や国民に仕事を与えたり、短期的には収益にならないが長期的には村全体の生産を増やす仕事を始めたりできるからな」


 ――そして、風車小屋が王や教会のものだったように、俺やフィルが小屋の管理をしていれば、この村の財産の管理が簡単になる。

 それが颯太そうたの狙いだった。飢えるものが無いように分配するには、これが一番都合が良い。


「理念は素晴らしいと思うし、ソウタがやる分にはまあ信用するよ。けど簡単に小麦粉が手に入るのって本当にすごいのかなあ」

「簡単に小麦粉が手に入る。皆ここに小麦を持ってくるようになる。皆が簡単に小麦粉を使った飯が食えるようになると分かれば、皆が小麦を作りたくなる。芥子けし畑を少しずつ減らしながら、小麦を作ってもらう訳だ。芥子けしは今までみたいに作らなくても十分収穫ができるからな」

「……あー、やっと理解できた」

「そうか、なら聞かせてくれ」


 アヤヒは颯太そうたのマネをして咳払いをする。


「この村全体の小麦を、この水車で粉にすることで、村全体の小麦の収穫を管理できるようになるんだ。皆がここの小麦粉を欲しがるようになればそうなる。しかも小麦粉を作る度に手間賃として少しずつ小麦を徴収すれば、領主が税金をとるみたいに小麦を溜め込める」


 颯太そうたは我が意を得たりと頷いてみせる。

 ――大体合ってるな。いやはや良い生徒だ。


「勘違いするなよ。溜め込んだ小麦は飢饉や災害やお祝いの時に皆で分け合うぜ。俺の目的は皆が楽しく暮らすことだからな。俺はそれが幸せなんだ」

「知ってるよ。信じてる」

「アヤヒさん、これはブルジョワジーチャンスですよ。水車小屋でエルフの村を経済的に支配しませんか? マスターに左団扇させてあげましょうよ!」


 フィルが楽しそうにはしゃぐが、アヤヒは疑うような目つきで彼を見る。


「ブル……ジョワ? 悪い匂いがするねえ」

「フィル、そういうのはやめような。良くないからな。俺、そういう権力者になるくらいならならず者の方がまだマシだと思う」

「イエスマスター!」


 説明は終わった。しかしアヤヒはまだ納得していない顔をしていた。


「ねえソウタ。どうやってみんなに小麦粉を欲しがらせるの? この村、小麦はお祝いや宴会の時じゃないと全部麦粥キュケオーンにしちゃうよ」

「……良~い事に気づいたなあ、アヤヒ」


 颯太そうたはちょっぴり悪い笑みを浮かべた。


     *


 家に戻った颯太そうたは、アスギが村のご婦人とお茶をしている間に、台所を借りて早速アヤヒに小麦粉料理を披露した。


「なんだいこれ?」


 ナンだ。

 否、チャパティだ。

 小麦粉を練ってから軽く発酵させた後、薄く伸ばして鉄板で焼いたものである。

 発酵させる必要は無いのだが、颯太そうたの趣味でふかふかした食感を出したかった為、ナンと同じように軽く発酵させたのだ。

 なので、分類上はチャパティだが、精霊魔法の高火力で調理したこともあって、見た目も味もナンにかなり近い。


「エルフもパンを食うよな」

「うん、贅沢品だけどね。全ての家に窯がある訳じゃないし」

「これは……チャパティだ。俺の故郷でも偶に食べるパンの仲間だ」

「なかなか美味しそうだね。薄いからぺろっと食べやすいし。ワームの肉とか挟んでも良さそう」

「そう、それにパンを焼く窯が無い家でも、パンみたいに食べることができる」


 それを聞いてアヤヒが驚いて小さく声を上げる。


「ああー……! 便利だね、これ。これを広めて村の全ての家に小麦粉の需要を発生させるつもりだろう?」

「よく分かったな。村のご婦人とやっている石鹸作り教室もネタ切れになってきたからな。次はこれって訳だ」

「恐るべし人間……美味しくて食べやすい料理でエルフの村の経済を支配するなんて……阿片に依存しない経済が回っちゃうじゃないか……! 流石だよ颯太そうた!」


 颯太そうたはニッと笑った。


「お前の理解力の方が流石だよ」

「ふふっ、私はソウタの一番弟子だから……」


 その時、家の扉が勢いよく開け放たれる。


「美味そうな匂いじゃあないかい! そいつは一体何かね!」


 ――誰?

 エルフの老婆が現れた。

 ――あ、村の寄り合いで見たこと……あるかも?

 颯太そうたは混乱して動けない。


「ジャワお婆ちゃん! 村一番の焼麦レンバス作りの達人! ジャワお婆ちゃんじゃないか!」

「アヤヒちゃん元気そうだねえ~……じゃなくて!」


 ジャワは颯太そうたが持っていた皿の上のチャパティを指差す。


「随分美味そうな料理を作ってるじゃあないかい村長! アスギちゃんの作った焼麦レンバスは村にて最弱!」

「やめてあげてよお婆ちゃん!」

焼麦レンバスの美味しさを勘違いされたとあっては森人エルフの名折れ!」

「それはそうだね」

「あたしの焼麦レンバスと村長の料理でクッキングバトルをしてもらおうか!」

「ジャワお婆ちゃんがソウタとクッキングバトルだってぇ!?」


 ――アヤヒ、お前リアクション楽しそうだな。

 クッキング高齢ハイエルフⅡ~異世界ナンvs達人お婆ちゃんエルフの焼き立てレンバス~

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