第19話 こちらは精霊の加護で乾留した濃硫酸になります②
二人を小屋の中へと案内し、
「小屋の中に丁度古い機材があったので借りようと思います」
※
「あんなの家にあったかしら?」
※ありません
「この家にあったものですし、この家のものでしょう。お借りしますね」
「え? あ、はい……あったかしら……?」
※ありません
「あったんじゃないの? 母様が適当に放り込んだとか」
「そうね、そうかも……あったのね」
※ありません
「ええ、あるものは使わないと損ですよ」
それはそれとしてエルフ母娘はあまりに堂々とした
――力業だったがなんとかなったな。
エルフの扱い方を覚えてきた
「今日はこれを扱います」
「あら、ミョウバンを砕いたんですか?」
普段から台所に立つアスギがまず先に気がついた。
「そうです。これって何に使いますか?」
「今日出したお漬物とか、山菜の下ごしらえとか、あと織物にも使っています。ソウタさんの今着ている服もミョウバンを使って染めたんですよ」
「はい、ありがとうございます。実はこのミョウバンがとても大事な薬になります」
「あらまあ……どんな薬になるのかしら」
「それは見てのお楽しみですね……さて」
「じゃあ次にアヤヒさん。今日、アッサムさんのお仕事を手伝っていて聞いたのですが、この村はドワーフの村とこのミョウバンを取引しているそうですね」
「ミョウバンだけじゃない。塩とか鉄とか他にも色々、お互いに最低限のものがないと暮らしていけないからな。あいつらだって麦や家畜の肉は食うし、あと余った阿片を買っていくこともある。交易をするようにって、ずっと昔に人間の国からそうするように押し付けられたって聞いた」
「私も今日、アッサムさんからその話を聞きました。自給自足分以外にも多少は輸出用に農業をやっているとね。人間が交易を強いているのはどうしてだと思いますか?」
「どうして?
――そのやめるわけには行かない状況を作るのが、当初の目的だったんだろうな。
――女神の話を聞くに、最初のこの世界に来た奴は人間を守ろうとしていたというし、その過程で他の民族同士の闘いも止めようとしていた可能性は高い。
そのあたりの想像はしているが、
「そうですね。じゃあこれは宿題として少し考えてみてください。行動の理由について考察することで、人間への理解が深まります。これが人間についての勉強の第一歩です。先生も正解が分かっている訳ではありませんが、実はただの嫌がらせではないかもしれません」
「うん? わ、分かった」
「さて、今日はこのミョウバンから薬を一つ作ります。硫酸という危険な毒薬です」
危険な毒薬。そう聞いて母娘は似たような怯えた顔をした。
それを確認してから、緊張を解すために少しふざけたような感じで、
「ところがこの硫酸を使うと
「あ、あぶなくないのか!?」
「硫酸は危ないです。でもジエチルエーテルは硫酸に比べれば安全です。どういう薬で、どうやって扱えば安全か、あるいは危ないか。それを知るのが人間の科学……化学です」
アスギが複雑そうな表情を浮かべる隣で、アヤヒは目を輝かせていた。
「面白いね……! このあとはどうするの?」
「ちょうど、アヤヒさんの力を借りたいと思っていたんです。アヤヒさんは精霊魔法が得意でしたね? 私はこの分野に関しては素人なので、ちょっと力をお借りしても良いですか?」
「何をすればいいの?」
「エレメントにお願いしてミョウバンを熱してもらえますか」
「ど、どれくらい強く……?」
――細かく温度を言っても今の段階では伝わらない。なにより、実感として自分で判断できる部分を増やした方が学びに繋がる。
既に
「最初はできる限り弱く。丁度良くなったら伝えます。私がストップと言ったら可能な限り素早く止めてください」
「わ、分かった。み、みんな、お願い。《温めて》」
アヤヒが声をかけるだけで、試験管の中の温度があがり、プチプチという音が鳴り始める。そしてストローのような部分から水蒸気がゆっくりと流れ出る。
「アヤヒさん、今くらいの温度を維持してください」
次第にミョウバンは試験管の底でカチカチに固まっていく。
「ソウタさん。これって焼きミョウバンでしょうか?」
「いえ、違うんですよアスギさん。今回はもう少し加熱します」
フラスコの蓋で留められているが、とろっとした液体が試験管の口近くに貯まり始める。
「加熱終わらせて」
「う、うん! みんな、《おしまい》!」
なにせ反応直後の濃硫酸は熱々である。試験管の蓋を開け、小さなフラスコの中にその粘着質の液体を回収する。ツンとした臭いが辺りに広がる。
「これが濃硫酸です。これに触れると大体のものが黒焦げになります。二人は不用意に触らないでください」
そう言いながらほんの僅かに机に垂らす。反応は一瞬。わずかに濃硫酸が触れた机が煙を放って炭化する。アスギはギョッとして、アヤヒは小さく悲鳴を上げて思わず後ずさる。
《メッセージ:『耐毒』が発動しました。硫酸による皮膚への損傷をはじめとしたダメージの全てを無効化します》
《メッセージ:『耐毒』の発動により、『耐毒』スキルが成長します。ランクBからランクB+に上昇しました》
こうして無事を確認したせいで、
「ですが私には効きません」
そう言って
「あっ、母様! ああああああああ!?」
アスギは気絶。
「ひゃあああああああ!?」
アヤヒは自慢の美声で絹を裂くような悲鳴を上げ、それを聞きつけた近隣の村人が駆けつけ、説明と誤魔化しに追われ、後から二人にとても怒られた。
本来は
――実験一つとっても難しいもんだな。
流石に反省した
※食塩水合成一気飲みは危険なので真似してはいけません
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