現実g-9

「ごちそうさま、母さんの片付けの間にシャワー浴びてくる。父さんと話すのはその後でもいいでしょ」

「それもそうだな。早めに済ましてきなさい」


 シャワーを浴びに行く。今日は湯船につかれる気分じゃない。身体を洗い、泡を流し終えると、気を引き締める為に最後に水のシャワーを浴びる。父さんもしっかり話せば解ってくれるはずだ。気をされるな。オーガやケルベロスに比べれば大した相手では無い。多分。

 寝間着に着替えリビングに向かうとすでに母さんはいなかった。堂々と座る父さんの前にはビールとチーズが置かれている。


「まず、座りなさい、達哉もつまむか?」


 そういってチーズの皿を差し出す。香りから察するにスモークチーズか、普段なら喜んで食べるとこだが、今はそんな気分にはなれない。


「いや、いいよ。話があるんでしょ」

「うむ、まあ、そのなんだ……達哉、お前は間違いなく父さんの子だ」


 そんなの解りきってる。何が言いたいんだ父さんは。


「写メの件なら、ダンスの練習だってこと以上でも以下でもないから」

「達哉よ、男は口数は少なくていい。ここまで抱き合っているなら、これは本物だろう」


 ダメだこの親、前回もそうだが父さんは口数が少ないが、それ以上に人の話を聞かなすぎる。


「父さんの子である以上、モテてしまうのは仕方がない。これはお前の宿命とも言える。しかし、真に選べるのは1人だけなのだよ。母さんの時もそうだった」


 やめてくれ! 親の恋愛事情なんて聞きたくない! 父さんは自己完結してしまっている。


「父さん、これは本当に違うんだ! 新堂とは只の友達で……」

「今はそれ以上言わなくていい。いずれお前が選んだ子を連れてきなさい。誰であっても父さんも母さんも心から祝福しよう。少し早いが7月分の小遣いを渡しておく。デートにも費用がかかるだろう」


 父さんはそう言うと1万円札と5千円札の2枚を差し出した。いつもより1万多い。正直これは助かるのだが。


「ゴムは結構、値段がするだろう。その分も含めてだ。あまりとやかく言うつもりは無いが、着けるのは忘れるなよ」


 もう言葉が出ない。小遣いは有難く頂こう。父さんはビールを飲み干すとリビングから出て行ってしまった。俺はチーズにラップをし冷蔵庫にしまうと、小遣いをポケットに突っ込みリビングを出る。もう、全てを忘れて寝よう。どうせ、遅かれ早かれ、この誤解は避けられないのだろうから。

 寝る前にスマホを確認する、メッセージは4通、悠紀夫とノリからそれぞれ、写メに関して詳しく話せとのこと。新堂からは、おやすみダーリンと来ている。偽装彼氏の証拠用か? ふざけた話だが、開き直っておやすみハニーとメッセージを返す。最後の1通は来栖先輩からだった。新堂が教えたのだろうか。話は香苗から聞いた。手のかかる奴だけどよろしく頼むとのこと。味方は来栖先輩だけか。お礼のメッセージを返しておく。

 そうだ。寝る前に柊にメッセージを送っておこう。内容はこれから夢の世界で待つとだけ送る。すぐに既読が付き、解った俺もすぐ行くと返事が来る。これでほとんどタイムラグ無しに、夢の世界に行けるはずだ。今日は現実で虹江に会えなかったのが残念だが、夢でまで会えないなんて事は無いだろうな。その時、新堂と一緒に説明出来ればいいんだが。ポケットの中身を財布に入れ、ベッドに入る。ほんの少し不安はあるが、きっと大丈夫だろう。枕に顔をうずめると不意に引っ張られる感触、いつからだろうか? 夢の世界へ落ちて行く感触に違和感を感じなくなったのは。答えが出ないまま意識が沈んでいった。



―――大丈夫って自分に言い聞かせて意味のある言葉だっけ?―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る