現実d-6

「このままじゃフェアじゃないから、達哉君に1つアドバイス。かなり熱くなってるようだけど冷静にならないと、また同じことの繰り返しになるよ。まず深呼吸をして落ち着いて、力を抜いて勝負に挑みなよ」


 来栖先輩からアドバイスをもらい深呼吸を1つする。落ち着けは解るが、力を抜けとはどういうことだろう? 考えても答えは出ない。目の前には相手がいるのだ。


「まだ挑むなんてバカね。何度やっても答えは変わらないわよ。次は予告して打ってあげるわね。籠手、胴の順に当ててあげるから」


 コイツ、本当に舐めてる! 予告通りなら躱すのは難しくない。問題はブラフだった時だ。剣道に詳しくはないが、確か面と胴、籠手の3種類打ち方があつたはずだ。突きなんてのもあったな。竹刀とはいえ喉を突かれるのはシャレにならなそうだが新堂ならやりそうだった。まず一撃目を弾こう。スピードではとてもじゃないが敵わないが、力ならこちらが勝るはずだ。相手を新堂だと思わず臨戦態勢のウェアウルフだと考える。自然と構え方が新堂と同じになった。なるほどこれなら守りやすい。その為の構えなのか。


「そうそう、それが正眼の構えだよ」


 来栖先輩からアドバイスが飛ぶ。頭をフル稼働してあの一瞬を思い出す。まず剣がはじかれ、次いで手首に一撃もらったその時、新堂はどう動いたのか? 自分の右脇を滑るように動いたはずだ。自分で同じことをするイメージをする。新堂は俺と同じ右利きだ。なら、やりにくい打ち方をしたことになるのではないか?逆はよりやりやすいのだろう。だが疑問が残る。これでは振り下ろしにくいのではないか? 新堂の手首をチラリとみる。柄の根元と先を握り、間が空いている。ふと気付いた。テコの原理だ。それならふりあげる必要無く一撃目を素早く当てられる。それで最初の一撃は振り上げるのが見えなかったのか。

 昨日のレストランでの虹江のテーブルマナーを真似した時を思い出す。アレと同じだ真似してしまえばいい。俺は柄の握りを直す。これなら同じか?いや、まだ違う、俺は肩が張ってるのに対し、新堂の肩は降りている。試しに力を抜いてみる。これでかなり新堂に近づいたはずだ。狙われやすいのは剣先で次に手首……籠手か。剣先をやや右前に突き出し腰の左側に柄を寄せる。少し違うんだろうがこれでいいはずだ。


「2人共いいかい?」

「こっちはいつでもいいわよ」

「俺もです」

「では始め!」


 瞬間、炸裂音と共に剣先が跳ね上げられた。予想通りだ。俺は瞬時に竹刀を引きつける。今度は竹刀を落として無い。左側から返す刀で籠手を狙いに来た。博打は勝ちだ。破裂音と共に前方に竹刀ごと体当たりを食らわせる。これで転ばせる。しかし新堂は目にもとまらぬ速さで身を沈めると奇声と共に正確に胴を横一文字に打った。


「そこまで!」


 来栖先輩が勝負の終わりを告げる。右の腰のYシャツと肌着は背中まで切れ、肌に赤い線が残っていた。


「香苗! やり過ぎない約束だぞ!」

「別にこれくらいいいでしょ。死にはしないわよ」


 来栖先輩が駆けつけ赤くなった後を見ると指で触る。


「良かった。肌は切れて無いね」


 見た目には痛そうだが、俺は不思議と痛みは感じて無かった。


「俺、また負けたんですね」

「ああ、それよりスプレーするよ。冷たすぎたら言ってね。痛みはどう?」

「見た目程じゃありません。許されるなら、まだ闘えます」

「本当かい? 普通、のたうち回るくらい痛むはずなんだけど……」


 嘘では無い。少し痺れる感じがするが痛み自体はさほど感じていなかった。それよりも新堂の動きを思い出す。あの動きと速度は考えても答えが出なかった。

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