現実d-5

「本条、悪いがそれは少し待ってくれないか。香苗がそっちの彼と勝負するのが先なんだ」


 来栖先輩が俺に目を向けると本条と呼ばれた先輩もこちらに目を向ける。


「コイツが達哉か? カナちゃんと勝負? まあいいだろ。すぐ終わるだろうしな」


 この人もだが、ちょっと人を甘く見過ぎじゃないか? 俺は意地の悪い微笑を浮かべた新堂から竹刀を1本受け取ると軽く振り、竹刀の重さや振り心地を確かめた。初めて持ったが随分軽いな。重心はロングソードに似てる。ファルシオンに慣れた俺には微妙だが、ただ斬りつけるならそんなに変わらないだろう。

 新堂は両手で柄を腰よりやや高く、剣先を目線まっすぐに構えていた。剣道のお手本のような構えだ。


「来栖先輩、構え方ってアレじゃなきゃダメですか?」

「いや、自分のやりやすい構えでいいよ。剣道したこと無いだろうし」


 俺は肩の上に柄が来るように担ぐように構える。この構えが俺には一番しっくりきた。これで今まで何匹ものモンスターを葬ってきたのだ。寸止めをしなければいけないのが辛いが、それくらいは何とかなるだろう。対する新堂は目の前にいるのに迫力があるというより、希薄感を感じる程度だ。


「2人共いいね、それじゃあ始め!」


 奥歯を噛みしめ斜めに竹刀を振るう。刹那、2回軽い破裂音が響き竹刀が落ちる。次いで右手甲に鋭い痛みが走った。何が起こったんだ? 落ちたのは俺の竹刀だった。


「そこまで。達哉君はこれで撃たれたとこ冷やして」


 来栖先輩はバッグからコールドスプレーを出し、こちらに手渡す。しかし、俺は痛みを堪え竹刀を拾う。本条先輩は意外そうな顔で見ていた。


「まだやれますから、まだ剣を握れますから」

「いえ、アンタの負けよ。真剣なら手首が落ちてたもの」


 新堂が余裕でこちらを振り返る。瞬き程の速さですれ違っていたのか俺の後ろにいた。


「残念だけど香苗の言う通りだ。それともキミはいつも相手にしてる連中に手首を切られてすぐ剣を拾えるかい?」


 来栖先輩の言い分は正しかったこれがウェアウルフの爪で斬られていたら即効性のポーションでも治るか怪しいほどだ。


「アンタ弱いわね~。てか、遅すぎ! もう1回打ち込んでやろうと思えた程よ。面でも胴でも狙い放題だったわ。何なら両方でも良かったかもね。よくそれで生きて来れたわね。例えるなら、ナメクジ並みだわ。これでリーダーとかマジウケル~!」

「香苗! いい加減にしないか! 敗者に対してその態度はなんだ! お前は礼儀がなってないぞ!」


 香苗の容赦ない罵倒に対し、来栖先輩が叱りつける。香苗は懲りないようで罵倒を続ける。


「ねえ、陽菜、アンタ冒険者やめなさいよ。ハッキリ言って向いてないわ。そういえば魔術師いたわよね。あの子うちに頂戴。それなら日に100オーロ払ってあげるわ。充分生きていけるでしょ? ウチは浩二さんでポーション代が結構かかるのよ。それを考えたら安い買い物だわ」


 ふざけるなよ! 虹江はポーション代わりじゃない。大切な仲間だ! 金に変えられるもんじゃない! 俺は怒りに震えながら来栖先輩に告げる。


「来栖先輩! もう1回お願いします。わがままなのはわかりますが、どうかお願いします」


 俺は相当、見た目に出てたらしい。来栖先輩は溜息を1つつくと仕方ないとばかりに認める。


「解ったよ。香苗は言い過ぎだし。でも痛みは大丈夫かい? 本当に痛くなるのはこれからだよ」


 痛みなんて知ったことか! 初日にゴブリンにボコボコにされた時の方が痛かった。何より虹江を物扱いされて我慢出来るか!


「痛みは大丈夫です。それよりもう1回お願いします」

「竹刀で打たれると後から響くように痛むよ。コールドスプレーを使ってからね」


 俺は渡されたコールドスプレーを右手首に感覚を失わない程度吹き付けると、再び竹刀を構えた。寸止めを考えて勝てる相手じゃない。新堂はもう元の位置に戻っていた。


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