夢b-15

「では、いきます!」


 ニジエはスゥっと深呼吸を一つすると叫ぶ。


「横殴りの激流よ! あの木を倒して!」


 ドンっ! 大きな音と同時にさっきのような激流が1本の木に向かう。先ほどほどのような派手な飛沫は無いが明らかに勢い増し、当たった木がバンッと弾け飛ぶ。


「スゲェ!」


 思わず声に出してしまった。木が倒れるくらいになるだろうと思っていたが、まさか幹が弾け飛ぶ程とは……


「ニジエ、マジスゲェよ! これならコボルトだって1撃だぜ!」


 それどころかあの恐ろしいウェアウルフすらも1発なのでは無いだろうか? さっきの木を俺がフルスイングの1撃で両断できる自信は無い。やはり魔術師は羨ましい。冒険初日でこれだけの火力を叩きだせるとは。興奮冷めやらぬ俺に対し、ニジエは疲れた声で呼びかける。


「タツヤさん。すみません……慣れないことをしたせいか、なんだか頭がぼんやりします……」


 見るとニジエは明らかに顔色が悪かった。慣れないイメージをしたせいだろうか? 集中力の消耗が激しい様だ。


「あ、ゴメン、つい魔法にみとれちゃって……これ以上はムチャだよね。街に戻ろう」


 成程、イメージがしづらいものは成功しても消耗が激しいのかも知れない。ニジエが少しフラついているので肩を貸そうかと聞くと、そこまでではないと言われる。まあ、会ったばかりの男性に触られるのも嫌だろうから、ここから街までは少し休んでから自力で歩いてもらうことにする。気配を探るが特に問題無いと判断し、2人で草原に座るとニジエは道具袋から革製の水筒を取り出し水を飲んで一息つく。


「ふう、ようやく落ち着きました。ですがすみません。今日はもう魔法を撃てそうにありません」


 そんなことを言われると無理をさせた自分が悪い気がしてこちらも謝る。


「いや、こっちこそ本当にゴメン、まさか魔法の消耗がこんなに激しいなんて思わなくてさ」

「構いませんよ。おかげで魔法の威力がずっと上がったみたいですし……ただ前ほどたくさん撃てない気がして」


 それはそうだろう。単純に考えるなら、あの1発で普段の5発分ということだ、もし消耗が変わらないならチートもいいとこだ。


「しばらく休んだら、夕方前には街に着くよう帰ろう。日が傾くと門が混みだすから」

「そうなんですね。やっぱり他の冒険者さんが帰ってくるからですか?」

「それもあるけど、荷馬車なんかも夕方にはよく来るからね。検査に引っかかるとかなり待たされるからさ」

「そんなこともあるんですね。私は門の外に出るのは今日初めてなので勉強になります」

「それに日が落ちたりしたら門が閉じちゃうからね。一部のパーティーはテントなんかを用意して周りに聖水を撒いたりして門の外で過ごして狩りをするらしいけど」

「タツヤさんも門の外で夜を過ごしたことあるんですか?」

「いや、俺は無いな。聖水を撒いても見張りをつけるみたいだし、今まで1人だったからね」

「確かにそれじゃ、1人で過ごすのは無理そうですね」

「夜になるとモンスターも強力なのが出るみたいだからね。俺の実力じゃしばらく夜の狩りは無理そうだしな」

「タツヤさんでもですか……」


 マスター曰く、夜のモンスターは昼と段違いだと言っていた。今日のテストを鑑みるにおそらく今の俺ではあっけなく死んでしまうだろう。


「じゃあ、早めに帰りましょうか」


 ニジエがスッと立ち上がる、どうやらもうフラつきはなさそうだ。続いて俺も立ち上がり2人で帰路に着く。


「今日はもう魔法は撃てませんから、帰りはお願いしますね」

「おうっ! 任された! これくらいしなきゃ報酬の分け前は貰いづらいからな」

「そんなこと気にしなくていいんですけど……」

「俺が気にするの。結果的に余計に疲れさせちゃったみたいだしな」

「でも、自分の新しい力に気づけましたよ。ありがとうございます」

「いや、俺はムチャさせちゃっただけだから。それよりお礼は街に着いてからだよ。まだここも完璧に安全って訳じゃないからね」

「確かにそうですね。勝って兜の緒を締めよっていいますし」

「そういうこと、じゃあ帰ろうか」


 ニジエの歩くペースに合わせいつもよりゆっくり歩く。それでも夕方の鐘が鳴る前には街に着けるだろう。疲れているだろうから話しかけるのは避ける。帰ったら20オーロは手に入る、せっかくだし、ちょっと遅くなるのを待って青銅の蹄で夕飯を食べようか。今晩の宿代10オーロを引けば手元には10オーロ残る。これなら腹いっぱい食べられるだろう。青銅の蹄は昼からでも冒険者達に酒を出しているが、夜は本格的な酒場に変わる。食事も結構イケるのだ。

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