―――現実a

現実a-1

 あっちの世界を夢と自覚したのは、あの世界に入って2日目だった。傷だらけになって宿について眠ると無傷で自分の部屋で起きるのだ。それもつまらなすぎるというほどでも無い現実の世界で。

 ヴィーヴィーというスマホのアラームは、顔を洗い朝食を食べる合図となり、先に起きて朝食を作っている母と仕事に行く前のコーヒーを啜る父、そして2つ下の最近生意気な妹へ、毎朝儀式かと思うようにこう告げる。


「おはよう」


 俺こと陽菜 達哉(ような たつや)は、今年の4月から私立江漢学園の高等部に通っている、高校1年生だ。入学当初こそ薔薇色の高校生活が始まると思っていたものの、もう入学して2か月になるが、これといって大したことがある訳ではなかった。ただ気の合う友達とバカなことで楽しみ、部活は幽霊部員が許される演劇部に入っている。入部届を出した時以外に部室に顔を出したことは無いが。こんなことなら少しでも女っけのある部活に入っておくべきだった。


 まあ、女っけが無くとも野郎同士、気の合う仲間は出来るもので、同じゲーム好きで制服をだらしなく着崩す高松 則夫(たかまつ のりお)とサッカー部のくせに駄弁ってる時間のが長い坊主頭の男、柊 雄太(ひいらぎ ゆうた)、小学校からの腐れ縁でロンゲを整えて最近色気付いてきた船坂 悠紀夫(ふなさか ゆきお)、そして自分を含めこの4人で放課後を過ごすことが多くなっていた。男同士集まって駅前のゲームセンターで駄弁りながら過ごしていると不思議と話題は2極化される。好きなゲームか……、女性関連の話題だ。


「おい、陽! お前、同じクラスの香苗にアタックするって本気か?」


 こんなバカげた話題を振るのは大抵、悠紀夫と相場が決まっている。


「そんな訳ねーだろ、大体、あの女、剣道部の来栖(くるす)先輩と出来てるって噂だぜ」


 入学式で気になったポニーテールの似合う美少女の進藤 香苗(しんどう かなえ)は、剣道部のマネージャーをしながら同じ部活の先輩とよろしくやってるという噂だ。


「いやあ良かったこれで陽君フラれた記念会の会費を集める心配が無くなったな!」

「俺なんかの事より、柊はどうなのよ?サッカー部のマネージャー可愛いって評判じゃん」

「……ボール蹴ってるより、どっかいったボール探してるほうが長い男がマネージャーと話す機会あると思うか?」


 俺は返答に困って口を濁す。


「……あ、そのいや……」

「あると思ってんのかぁ!!」


 あまりの悲痛な叫びにフォローが俺には思い浮かばなかった。


「多分無いと思う……、あの、その、大切なことだから2回言ったんだよな……」

「じゃあなんでサッカーヘタなのにサッカー部入ったんだ?」

「……モテると思ったからに決まってるじゃん……」


 蚊の鳴くような声を柊が振り絞る。それに則夫が止めをさす。


「まあモテるサッカー部員はこんなとこで駄弁ってる時間に地道な練習してるだろうね」

「ハッ! 俺、ちょっとボール蹴ってくるわ!」


 そこを俺と悠紀夫と則夫でシャツを掴み揃って言う。


「いやいやいや、今さらおせーから!!!」


「あーあぁ、行かせてくれよ!! クソッ俺の高校生活彼女と薔薇色に編がぁ!」


 柊をなだめながら慰めの言葉を言ってやる。


「まあまあ、まだ俺たち高校2か月目だしまだ2年以上あるからさ、彼女の1人2人できるよ、多分、おそらく」

「俺は1人でいいから彼女が欲しいんだぁ~」


 柊の絶叫が響く。いかにうるさいゲームセンターの中とはいえ、この絶叫はあまりに恥ずかしすぎる。


「おい、ちょっとこっち見られてるぞ、他行こうぜ」


 則夫のまともな提案にうなずくと柊がまた懲りずに大声で話す。


「え、どう? 可愛い子とかこっちみてる?」


 もしこんな集団を見ている女子がいたなら、確実にモテない痛い集団を珍獣でも見るかのような目で見ているだろう。俺達は柊のYシャツを引っ張りこの場を後にすることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る