第14話
約束通り、坊ちゃんは四年で大学を出て、屋敷に戻ってきた。
大旦那様は、坊ちゃんが戻られるとすぐに、家督を坊ちゃんに譲ると宣言された。
坊ちゃんは、お帰りになるなり、私を連れて泉に向かった。
沼は、この前年に埋め立てられ、農地になった。高度成長期にあって、米を増産するためだった。
父の、主の墓は、祠になっていた。それは、坊ちゃんが、大旦那様に頼み、なんとかかなえたものだった。
坊ちゃんは、祠の前で、沼を埋め立てたことを詫び、人のために米を作ることの許しを請うた。
私は、それを見ていて、胸の奥が熱く、痛かったのを覚えている。人が、坊ちゃんが、主に、父に許しを請う。いい気味だと思ったのを覚えてる。だが、そう思えば思う程、胸の奥が痛んだ。
ひとしきり手を合わせた後、唐突に坊ちゃんは私に、自分とつがいになれと言った。
違う。
「なずな、俺の嫁になってくれ」
坊ちゃんは、そう言った。
私は、混乱した、意味が分からなかった。人が、鯰の化生を娶る。意味が分からなかったが、滑稽で、なんだか愉快に、うれしくなって、だから、はい、と答えた。
そうすれば、自分の望みもかなうと思った。
坊ちゃんが家督を継ぎ、祝言を挙げるその時、花嫁の懐刀で坊ちゃんを刺す。
それが、最も効果的に、仇を討つ方法だと思いついた。
私が分かっていなかったのは、言葉の意味ではなかったのだと、その時の私は気付いていなかった。
当然だが、坊ちゃんが、私を娶ると皆に言った時は、それなりの騒動になった。それなりの子女との縁談も、それなりの数、打診はしていたのだと後から聞いたが、それも当然のことだったろう。
だが、坊ちゃんの意思が硬く、変わらないことを大旦那様は早くに見抜き、思いのほかあっさりとそれを許した。とは言っても、坊ちゃんが家督を継ぎ、形を整えるまでそこから二年ほどかかった。その間に私も、必要な知識、作法を覚え込まされ、人間の戸籍も作った。鯰の化生であり、それまで孤児として扱われていた私には、当たり前だが人としての戸籍は無かったし、それでも今までは何の不都合も無かったが、これからはそうは行かないという事だった。
屋敷の奉公人達は、総じて皆祝ってくれた。私も、素直にそれを受け入れ、喜んだ。なんとなれば、私の望みも叶うのだから。
そして、私は坊ちゃんと、いや、旦那様と祝言を挙げた。
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