第9話

「……それで、大変お手数なんですが、就寝時のバイタルを記録らせていただきたいのですが……」

 蘭鰍あららぎかじかは、梅野松蔵、なずな夫妻を前に、恐縮しつつ説明する。脳梗塞の再発を防ぐ為、主に心拍に危険な徴候がないかを確認する為のデータを記録したい、というのがその理由である。本来ならもっと事前に連絡しておくべきもので、そこの連絡が上手くなくて、大変申し訳ないが今夜記録らせて欲しい、ついては自分が今夜、計測の為に一晩ご一緒させていただきたいので、あわせてそれも許可をお願いであった。

 この理由自体には嘘はない、脳梗塞を患った患者の心電図を録るのはごく普通の診察行為の一つだ。だが、あえて鰍がここで無理筋のお願いをする理由は別にあった。

 鰍は、今夜、この二人の夢の中への侵入を試みるつもりだったからだ。


 夢の中では、大抵の者は嘘がつけない。そこで、対象者の本心を直接聞き出したり、あるいは逆に事態の真相、場合によっては先祖や遺族、関係者の持つ情報を直接伝え、交渉を解決に導く奥の手の一つとして、「協会」では、一般に「夢のお告げ」と呼ばれるこの方法が重用されている。この能力を持つハンター、あるいはネゴシエイターは「協会」には珍しくないが、人狼でこの能力を持つのは鰍と、彼女の曾祖母だけである。


「……そういう事なら、よろしいのじゃないですか?旦那さま?」

「そうだな、そうすると、検査で病院に行かなくても済むって事かい?」

 なずなの提案に、頷いた松蔵が鰍に聞く。亭主は旦那さま呼びなんだ、変なところに引っかかりつつ、鰍が答える。

「はい、結果に問題なければ、次の検査まで病院に行く必要は無いです」

 これも本当だ、必要なバイタルをきちんと録る約束で、デイケアセンターと「協会」で握ってあるのだ。

「じゃあ、お願いするか」

「ありがとうございます。それでは、私は一旦戻って、夕方に機材を持ってまた来ますので、よろしくお願いします」

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