愛人28号
pampi
第一話 君は売れるよ
「僕の愛人になりませんか?」
仕立ての良いスーツを着た社長は笑顔で私にそう言った。
山本優香25歳
職業女優
最近した仕事、深夜番組でウエイトレス姿で若手芸人にジュースをぶっかける役
今日の予定、居酒屋で17時からバイト
ん?私の人生どこでこうなった?
25年前、車がないと生活できないなんて言われてる街、否、村で山本家の長女として生まれた。赤ちゃんの頃からそりゃもう可愛くて両親は暇さえあれば私を抱っこして村を闊歩した。
村の写真館には未だに私のお宮参りの時と七五三の時の写真がショーウィンドウに飾られている。
学校生活も楽勝だった。先生も先輩も同級生も私の前では借りてきた猫みたいになった。
隣の村から見学(私を見るためのね)ツアーも催されていた。
こんな可愛い人見た事ない。1万回は言われた(マジで)
ちょろい。とにかく人生楽勝だった。
高校3年生の修学旅行で東京に来た時、今の事務所の社長に声をかけられた。
「君は売れるよ。ご両親とお話がしたい」
そう肩を掴まれた。
「スカウト!!」同級生や先生が東京のど真ん中で叫んだ。誰もが大興奮だった。
私はと言うと
でしょうね。その一言に尽きた。
名の知れた俳優が名を連ねる事務所だったものだから「高校だけは出とけ。早まるな」と腕を掴んだ父の手をヒラリとかわして、私は東京行きを決意した。
「再来年あたり日本アカデミー賞の司会をやるでしょうからその時は見てね」
新幹線のホームで泣きじゃくる父と枕営業について熱く語る母、某アイドルに会ったらどーたらこーたら言ってる弟にそう言って笑顔で手を振った。
。。。しくじった。
東京にはかわいい子が砂の数、星の数、俗に言う履いて捨てるほどいたのだ。
最初の頃は学園ドラマの脇役とか深夜番組のアシスタントとかCMに出してもらえていたけれど、ここ数ヶ月、仕事らしい仕事はしていない。
どうやら演技が壊滅的に下手なのだ。
一応努力はしたけど無理だった。
ダンスや歌のレッスンも受けたがどれもパッとしなかった。
取り柄がない。生まれて初めてそう思った。
もっと細くならなきゃもっと可愛くならなきゃ個性を出さなきゃ。。。
なきゃなきゃうるせー!
ある日突然現れた冴えない子が、ある日突然目頭切開して顎を削ってスター街道駆け上がって行ったり、どこぞの社長の娘が華々しくデビューしたり、完全にお前らデキてるなってプロデューサーとアイドルを横目に居酒屋のバイトに励む日々。
心が荒むわ。
日暮里にあるアパートはもう9年目になる。
隣人は5回変わった。
ここ何年かは家賃を払うのもやっとだ。
ちゃりらり
スマホが鳴る。マネージャーからだ。
マネージャーの林は私を含め8人を担当している。6人は私と同じような状況のタレントだが1人はここ最近売れ始めてきているようだ。
「はいー」
「あ、林です。今大丈夫ですか?あのさ事務所に明日来て欲しくて。14時。来れるよね?よろしくお願いしまーす。」
「あんたさーそんな一気に言わないでよ。私だって色々あるのよ。」
「あ、明日なんかあった?バイト?」
「いや、ないけども。ヒマだけど。。はぁ、明日ね。じゃぁね。」
「あ、俺忙しいから遅刻しないでよ。じゃぁね」
ブチっ
なめくさりやがって。
マネージャーも9人目。
最初の頃の人はみんな優しかったのになー。あーーやだなー。
ベッドに倒れ込む。目を閉じる。
バイトまであと2時間40分。少し眠る。
翌日、事務所に向かった。
ちょうどエレベーターで林と一緒になった。
「おつかれさまでーす」
「あ、ちょっとオレ呼ばれちゃったから3Aの会議室にいて。20分くらいかな。ごめーん待ってて」
そう言うと足早に去っていった。
くそぅ
忙しそうにしやがって。
会議室に着いて鞄を机を放ってぼーっとしていたら事務所のスタッフのサナちゃんがお茶を運んできた。
「優香さーん、お疲れさまですぅ〜。この間の観ましたよー。笑っちゃいましたよー。あれ台本にジュースかけるって書いてあったんですかー?超うけましたぁ」
「。。。あはー観なくていいのにー。台本通りだよー。って言うかさ、林はどこ行っちゃったの?」
「あー林さん、ほら担当してるユキノちゃんが今度ドラマ決まったからなんか忙しいらしいですよーなんかぁ、歌もユキノちゃん歌うみたいで。力入ってるみたいですねー。あ、じゃぁ私はこれでーー」
ガチャバタン
机におでこをつけて目を閉じる。
おでこ冷たい。心も冷たい。お茶も冷たい。
お腹空いた。
「もっと思いっきりいかな!顔!顔にかけな意味ないで!わかっとらんなー」
ジュースまみれのシャツを着た芸人からのダメ出しが頭の中に蘇る。
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