二十話 「『ロキというもの 2』」

†††



「本気でやるか」



 デムサンダーの言葉に志郎も頷き、二人は自然と戦闘態勢をとる。志郎が前へ、デムサンダーが後ろへ。この布陣にロキも一瞬戸惑う。


 どう見ても【逆】である。


 志郎よりも遙かに体躯の大きなデムサンダーが前に出るのが普通なのだ。それを差し置いて細身の少年が最前線に出ている。明らかに違和感がある。



「できれば話し合いたいけど…」



 そう志郎が思っても、相手はそうは思ってくれないのがつらいところだ。


 今度は、N6とN7が同時に攻撃を仕掛けてきた。N6は威力を高めた風衝・一閃、N7は雷衝・一閃。ともに中距離の放出系剣王技である。


 志郎が【防御型】であることを悟ったロキは、彼が前線に出たことを警戒。むやみに接近するのではなく、距離を取る戦法に即座に変更。


 突如剣衝で攻撃してきた相手に対しても、志郎は冷静に対応。再び両手に戦気をまとわせると、上半身に向かってきた風衝を渦で上方へと逸らす。風衝の威力は相当なものであったが、渦舞は相手の力を利用するので問題はない。


 ただ、続いて地面を這ってきた雷衝に対しては両手が使えない。ロキはこれを狙って攻撃していたのだ。



(なんて洗練されているんだ)



 志郎は、ロキの戦闘レベルの高さに舌を巻く。渦舞は珍しい技で、早々お目にかかれるものではない。ロキも見たのは初めてであるにもかかわらず、特性を瞬時に見切ったのだ。


 そして、こうして戦法を変えて弱点を突いてきた。初めて戦う相手にこれほど柔軟に対応できる武人がどれほどいるだろう。


 紛れもなく強敵。


 死すら感じたさきほどの一撃を思い出すまでもなく、目の前の仮面の剣士は猛者である。しかも模擬戦ではなく実戦。殺す気で放っている本気の一撃なのだ。


 だからこそ志郎は冷静でいられた。相手に殺気が宿っているからこそ志郎は戦えるのだ。守るために本気になれる。


 両手がふさがった志郎は、床を右足で強く蹴った。同時に足にまとった戦気が波のように床を這い、迫りくる雷衝と激突。


 否。それは衝突ではない。


 志郎の戦気に最初からその意思はないのだ。足から生まれた戦気の波は、雷衝の下に潜り込んで持ち上げるだけ。そして、雷衝と融合したまま左右の壁に流れていった。


 覇王技【覇小無はしょうぶ神立かんだた】。渦舞と同じ系統の防御技であるが、渦舞が円運動によって攻撃を弾くのに対し、こちらは包み込み威力を逃がしてしまう技である。地面や壁がないと使えない技なので使用場所は限られるものの、地面を伝ってくる攻撃を防ぐには非常に有効な技である。


 志郎は何事もなかったかのように、その場に無傷でたたずんでいた。ロキもその光景に動けずにいる。少なくとも刹那の隙は作れると考えていたのだ。その計画が簡単に水泡に帰してしまい、さすがのロキも次の行動に移れなかった。



「あなたがたでは僕たちに勝てませんよ」



 志郎の言葉は慢心ではない。少なくとも【負ける】つもりは本当にないのだ。


 これだけの技量を持っていれば当然であるし、防御にかけてはエルダー・パワー最強とも称される志郎の言葉に偽りはなかった。


 実際に直撃すればデムサンダーでさえダメージを受ける攻撃を、まったくの無傷で防ぎきったのだ。志郎の言葉を疑う者はいないだろう。


 しかしながら相手はロキである。

 ここが重要なのだ。


 ロキがロキたるゆえんは、ただ戦闘力が高いだけではない。それではただの殺戮人形にすぎない。


 ロキが持つもの、それが【信仰】である。


 悪魔の障害となりうる敵がいれば、自らの命など捨てるのが当たり前。主であるゼッカー・フランツェンが掲げた理想だけが、ロキにとって何物にも代え難い真実であり希望である。


 志郎の言葉は、ロキにとって何の制約にもならない。それどころかロキは、目の前の敵が真なる敵だと判断。戦気を爆発的に解放する。


 上がる、上がる、どんどん上がる!

 赤い戦気が、さらに真っ赤に、血の色に変化していく。

 上昇、どんどん上昇。


 そして限界をぶち破る!!



「―――冗談!!」



 思わず声を上げたのはデムサンダーである。なぜならばロキが行ったのは【オーバーロード〈血の沸騰〉】であったからだ。


 使えばまず武人としての生命は終わりを迎えるが、その代償として自身の能力を何倍にも引き上げる禁断の技である。当たり前だが、これはエルダー・パワーにおいても禁術に該当する。


 武人である者がまず最初に教わるのが、オーバーロードの危険性なのだ。相当熟練した武人でも簡単にできることではないが、無意識にやってしまう武人もいるので、子供の頃に教えておかねばならない基礎知識である。


 それを平然と行ったロキに対し、デムサンダーが驚くのは当然なのである。ただし、一般的なロキが解放できるオーバーロードには限界がある。せいぜい三倍か五倍が限度だ。


 なぜならば、ロキそのものが常時【疑似オーバーロード】を行っている存在だからである。


 ロキは特殊な強化手術を受けた武人であり、術と薬物によって潜在能力を強制的に引き上げている。それそのものがすでに軽度のオーバーロードなのだ。通常の限界を超えて才能の【前借り】をしている状態である。


 よって手術を受けた段階から、寿命はもともと数年しかない。彼らにしてみれば残りの数年を数時間に変え、数分に変えるにすぎない程度のことである。


 凝縮された生命が真っ赤な炎となり、ロキの身体を覆っていく。美しく雄大で、活力あるエネルギーがロキを満たす。


 そして、そんなロキから発せられるのは【喜悦】の感情。


 自らの命が燃えることを喜び、主の愛する世界のために捧げられる感動に満ちている。彼らは自殺志願者ではない。果てなき理想者なのだ。主義者ではない。あくまで実現させるために行動する恐るべき存在である。



(この人たちはなんだ!? 何か違う!!)



 ロキから放たれた本気の意思に、志郎も戸惑いを隠せない。


 戦いながら志郎も相手のことを考えていた。この人たちは誰で、何が目的なのか。ただの金銭目的のテロリストなのか、と。だが、この気迫の前ではそんな陳腐な考えは一瞬で消し飛ぶ。


 そんな生やさしいものではない。全身全霊。乾坤一擲けんこんいってき。自身の生命を真っ赤に輝かせて挑んでくる炎なのだ!!



「ウォオオオオオ!!!」



 ロキが吼えた。


 力付くで押さえつけられた人間が、怒りを込めて、憎しみを込めて、自己の存在を証明しようと叫んでいるかのごとく、猛々しく、痛々しく、苛烈で燃えるようで、それでいて恐ろしいもの!!


 N6が跳躍。先ほどの速度など比ではない。

 そして電光石火の剣撃。



「渦舞!」



 そんな速度であっても志郎は反応。これも類い稀なる志郎の防御センスと鍛錬があってこそである。正面からの攻撃ならば、閃光の速度でも対応できる自信があった。


 そう、対応はできた。

 しかし、この先を志郎は知らない。

 この先に待っている領域を初めて味わうことになるのだ。


 志郎の渦舞は成功。N6の剣を弾こうと渦の中に取り込んだ。ここまでは先ほどと同じであった。


 しかし、決死の剣圧は、切り裂こうと渦の中でさらに加速する。激流の川を昇る鮭など可愛いもの。荒れ狂う波すら食らい尽くす、海の怪物のごときパワーに、渦という存在自体が吹き飛ばされる。



「そんなことが!!」



 あまりの威力に志郎は驚愕を隠せない。それでも右手の渦が破られそうになった瞬間、左手の渦で刃を逸らすことに成功したので、運良くダメージは避けられた。


 しかし、己の防御術が破られたことにはショックを隠せない。



(信じられない! 僕の渦舞を破壊するなんて!)



 今までこの渦舞を正面から切り裂いたのは、ただ一人。マスター・パワーだけである。


 赤虎の剣技は、防ぐ防がないのレベルを超えているので仕方がないことである。それにはまだ及ばぬものの、オーバーロードを行ったロキの一撃は、エルダー・パワー最高の力に迫るものである。少なくとも技の威力という面では匹敵していた。


 だが、まだ脅威は過ぎていない。


 相手は二人いる。戦気を増大したN7が一瞬で志郎との間合いを詰め、剛斬を放っていた。息もつかせぬ連携攻撃である。


 避けられない。そう志郎が思った瞬間、突如N7が真横に吹き飛んだ。デムサンダーが志郎を乗り越えてカバーに入ったのだ。



「ディム、助かった!」


「しゃべっている暇なんてねーぞ!!」



 デムサンダーの声にも余裕がない。見れば三メートル程度吹き飛んだものの、デムサンダーの蹴りにしっかり耐えたN7が体勢を整えようとしていた。


 通常の状態ならば動きを止めるくらいは可能だが、血が沸騰している今のロキには足止めにもならないようだ。


 そうした間にロキN6が戦気を凝縮し、背後からデムサンダーに猛烈な一撃を放つ。漆黒の戦気によって黒く染まった刃が、デムサンダーの背中を襲う。デムサンダーは、ギリギリで回避に成功。背後からの剣に反応できたのは志郎の視線に気がついたからだ。


 二人は長年コンビを組んできているがゆえに、視線だけで会話が可能である。志郎の背中はデムサンダーが守り、デムサンダーの背中は志郎が守る。二人で一つの存在である。


 しかし、これはただの剣ではなかった。志郎は、デムサンダーのランニングシャツに血が滲んでいくのが見えた。左後背筋あたりがざっくりと斬られているうえに、黒いシャツにできた傷口がさらに漆黒に染まっていた。



(これは【邪剣】だ!)



 志郎はその傷跡に見覚えがあった。エルダー・パワーの講義で、剣士の師範が教えてくれた闇の剣、邪剣の話を思い出す。


 殺人剣、暗殺剣とも呼ばれる種類の技で、道場などでは、その存在を知ることすらできない裏の剣である。人が人を殺すためだけに編み出した危険な技であるからだ。


 偉大なる剣聖、紅虎丸が説くように、剣とは本来自己を磨き、大切なものを守り、相手を愛するものである。彼が放つ剣は無明を切り裂き、人を救い、心を晴れやかにする。


 一方、その対極に位置するのが、人を殺すためだけに編み出された殺人剣である。そこにいっさいの慈悲はなく、ただ苦痛と死を与えるだけに放たれる恐怖の刃だ。


 N6が放ったのは【殺人剣・黒叉こくしゃ】。この技の恐ろしさは剣の鋭さではない。その刃に込められる黒き波動は、通常の赤い戦気とは異なる皮肉や憎しみの情なのだ。それはまるでコールタールのように、べったりと相手に染みつき痛みを与え続ける。



「ったく、遠慮ってものを知れよな!」



 デムサンダーの背中にも、斬られた以上の痛みが走っていた。


 明らかに通常の痛みではない。異物が体内に侵入したように、掻き乱され、じくじく痛むような感覚。傷口に塩を塗るとは、まさにこんな気分なのだろう。


 しかし、休んではいられない。続けて体勢を整えたN7がデムサンダーを狙う。今度は黒叉とは対照的に、美しく煌めきながら流れるように刃が滑っていく。剣王技【水流剣すいりゅうけん】である。


 戦気を水気に変えて放つ一撃で、流れるように相手を追尾するので、回避することが非常に難しい技だ。痛みで反応が遅れたデムサンダーに容赦なく襲いかかる。



「やらせない!」



 すかさず志郎がカバー。N7が繰り出した水流剣を渦舞で流す。今度は最初から威力を想定していたために、強引に突破されることはなかった。


 ただ、ロキを宙に飛ばすことはできず、両者は再び距離を取って睨み合う。



「半端じゃねーな」



 背中の傷を気にしつつも、デムサンダーは一瞬たりともロキから視線を外さない。



「うん、信じられない」



 志郎も同感であった。ダマスカスの守護者であるエルダー・パワーの、それも席持ちの二人と互角に戦っている。


 いくらオーバーロードを使っているとはいえ、その強さ、何よりもひしひしと感じる覚悟に気圧されていた。


 相手は本気なのだ。

 本気とはどういうことなのかを、初めて志郎とデムサンダーは知ることになった。


 怖い。


 屈強なデムサンダーでさえ、相手の気迫に恐怖を感じるほどである。志郎も幾多の実戦を経験し、人を殺したこともあったが、ここまで必死な相手は初めてであった。



(僕は勝てるのだろうか)



 相手の気迫が並ではない。それを知った志郎は思わず勝機を見失う。


 武人の強さとは心の強さに比例するものだ。目の前の仮面剣士は、最初から死を覚悟して戦っている。それだけの覚悟と準備をして乗り込んできた相手なのだ。


 一方の志郎たちは、彼らほど準備ができていなかった。塔の内部で敵と遭遇するとは思っていなかったし、この一件そのものが想定外のことである。多少の覚悟はあったにしても、いきなり夜襲を受けたようなものなのだ。


 この状態で勝てるのか。相手の気迫を受け止められるのか。

 志郎は不安で一杯になってしまう。


 しかし、その瞬間、雷撃のような言葉が後ろから走った。



「志郎、後ろにエリスがいるってことを忘れるなよ」



 そのデムサンダーの言葉に志郎は、はっと息を呑む。その意味を理解したからだ。



「手加減なんてするな」



 デムサンダーは、志郎が一瞬ためらったのを見逃さなかった。N7の水流剣を受けた時、志郎にはまだ余裕があった。本来ならば、そこで攻撃に転じられたはずだが、彼にはそれができなかった。


 甘かったわけではない。リスクをできる限り避けたのだ。それは守るうえでは正しい。仮に実力差があるのならば相手が疲弊するまで守り、最後は勝つこともできるだろう。


 しかし、目の前のロキたちの実力は自分たちとほぼ同レベル。その相手がオーバーロードを使って死ぬ気で戦っているのだ。志郎とて、守りきれるかどうかわからない。守っているだけでは勝てない。絶対に勝てない。



「殺しが趣味じゃねーのはわかる。俺もそうだ。だが、やらないとやられるぜ。お前も俺も、エリスも爺さんもな」



 志郎は心優しい青年である。本気で相手と戦うことがなかなかできない。特に命のやり取りを望んでやりたいなどとは絶対に思わないだろう。


 だが、今は命のやり取りをしている。殺さねば殺されてしまう状況である。もし自分たちがやられてしまえば、エリスに危害が及ぶ可能性がある。


 いきなり本気で攻撃を仕掛けるような相手だ。そんな人間を外に解き放ったらどうなるか、答えは明白である。



「わかった。本気でやるよ」



 志郎は相手を殺すことを覚悟した。エリスの寝顔を思い出し、守らねばならないと強く誓った。そう覚悟した瞬間、その目は普段では絶対に見られない強い意思を宿す。



(僕たちは絶対に負けてはいけないんだ)



 ダマスカス共和国は平和な国である。田舎も静かで住みやすい場所で、どこに行っても戦いがないように思える。軍はあっても、ほとんど戦争を経験していない。ダマスカスと戦う国など存在しないからだ。


 だが、裏ではダマスカスを狙う存在との苛烈な戦いが存在していた。富や秘術を狙われて世界中の組織の侵略を受けてきたのだ。


 秘密裏に守ってきたのはエルダー・パワー。赤虎や羽尾火たちが死に物狂いで守ってきたのだ。余裕や達観など存在しない。ただただ必死に守ってきた。志郎もまた戦いの中で生きてきた。仲間を失ったこともある。その多くが、子供の頃に孤児として一緒に里に来た大切な家族である。


 だから、ただ優しいだけでは守れないものがあると、嫌というほど悟った!



「暴力からは守らねばならない!!」



 志郎の戦気が真っ赤に燃えた。


 あの優しい志郎が、猛々しく燃え盛る火炎のごとく膨れ上がった。それがたとえ武力を伴った防衛であっても、守るためには戦う存在とならねばならないのだ!!


 先に仕掛けたのはロキ。すでに血を燃やしている以上、長くはもたない。短期決戦で勝負を決めるしかない。


 ロキは二人用の連携を見せて、絡み合うように交互に入れ替わりながら迫ってきた。剣に宿るのは一撃必殺の剣気。生命そのものを燃やして生み出した決死の一撃。


 志郎は避けるどころか向かっていく。今度は両手に渦は作らない。防御の戦気をまとわない【無手】のまま向かっていく。触れただけでも裂けそうな剣気に無手で向かっていくのは自殺行為。しかし、志郎はけっして負けるつもりも自殺するつもりもなかった。


 ロキの剣が迫る。その勢い、その力、全身全霊の一撃は神刃じんばにも匹敵していた。


 神速の刃が志郎を捉える!



「僕を斬ることはできない!」



 志郎でさえも、ロキの動きを完全に見切ることはできない。それだけの速度なのだ。


 その代わりに志郎は、自身の周囲に戦気を球状に放出して結界を生み出していた。波動円と同じ原理であるが感度はさらに高く、より洗練された結界である。


 戦技結界術【無限抱擁むげんほうよう】。自己の感覚を極限までリンクさせた戦気を展開する技である。戦気に触れたものすべてを、視覚ではなく【触覚】で感知することができる。


 目の良い武人ならば視覚に頼るが、たいていの武人は感覚で戦っている。相手の戦気の流れを自己の戦気で感じ取り、反射として対応しているのだ。そうでないと間に合わないほど素早い世界で戦っているからである。


 そこで編み出されたのが、こうした戦技結界術である。覇王技、剣王技にもさまざまな独自の戦技結界術が構築されており、使いこなせれば戦いをより有利にすることができる。


 無限抱擁は波動円の上位版であり、誰もが使えるものではない。これにもセンス、才能が必要なのだ。また、各武人の特性によって性質が変わる特徴があった。


 志郎が生み出した無限抱擁はとても濃密で、たとえるならば蜂蜜のような粘度を持ち、侵入してきたロキの動きを軌跡として完全に把握できた。


 当然、無限抱擁はあくまで感知するものにすぎない。速度に対応できるかは別の問題であった。しかし、覚悟を決めた志郎の感覚は極限にまで高められていた。負けられない。守らねばならないのだ。


 志郎は右から迫りくるN6の剣の刃に完璧に対応し、刃を【右手の指で掴んだ】。高速の刃に直接触れれば負傷は免れない。仮に戦気で覆っていても、この速度、このパワーで繰り出される一撃を素手で掴むことは自殺行為でもある。


 ロキもその判断に驚いたが、そのまま押し切ろうとする。そんなことは当たり前のこと。手のひらごと斬り裂いてしまうだけのこと。


 しかし、動かない。


 刃を掴んだ指は、パワーに振り切られることなく、ぴったりと接着している。それどころか刃は、志郎の指が導くままに軌道を変える。



制破せいは!」



 志郎は剣の力を利用して、そのままの勢い、いや、さらに自身の力を加速させてN6を床に叩きつけた!!


 続けて攻撃してきたN7の一撃も、反転して左手の指で掴み取り、N6を掌握したまま床に叩きつける。激しい衝撃がN7を襲う。無痛の彼らでも、それだけは防げないのだ。視界が揺らぐ。



「続けてきょく!!」



 それだけにとどまらない。まだ志郎は刃を握っており、相手から剣を奪おうとする。N7がそれに抵抗して腕を伸ばした瞬間、腕の関節に蹴りを叩き込む。今度は戦気をまとまわせての強烈な一撃に、N7の関節は悲鳴を上げてへし折れた。


 今度はロキN6がその隙に起き上がり、志郎を刺そうとしたが、すかさずデムサンダーの蹴りが顔面に直撃する。こちらも首が伸びるほどの強烈な一撃に再び床にダウン。



「志郎! とどめだ!」



 志郎は倒れているロキ二人の背中に掌を押し当て、気合いの一撃を放った。



「はっ!!!」



 放たれた一撃はロキの体内に波として浸透し、内臓に大きなダメージを与える。ロキは吐血し、四肢を痙攣させながら次第に動かなくなった。


 脱出の際、強化ガラスにも使った技で、これを【水覇すいは波紋掌はもんしょう】という。戦気を波紋のように振動させて内部に送り込み、外傷ではなく内傷を与える技である。


 相手の防御力を貫通するため、攻撃力に劣る志郎にとっては貴重な攻撃手段である。密着しなければ使えない超近接技であるが、こうして掌握後に使えば相手は逃げられない。



(えげつねぇな)



 デムサンダーは、志郎の本気に畏怖すら覚える。


 波紋掌のことではない。これはこれで優れた技であるのだが、それより恐ろしいのは無手で刃を掴んだことである。戦気をまとって弾く渦舞とは違い、こちらは完全に相手と同化して戦気を【すり抜ける】技だ。


 少しでも自分の戦気が混じると反発してしまうので、握る瞬間まで完全な無であらねばならない。そして掌握したら最後、相手の力を利用して攻撃に転ずるのだ。


 この技に名前はない。

 なぜならば現存する武人の中では、志郎にしかできない技だからだ。

 

 これこそが志郎の武。

 真の


 この歳にしてこの実力。この才覚。

 それも当然。


 彼こそ史上最年少でエルダー・パワーの席を与えられた【天才】なのだ。その才や、マスター・パワーいわく「自分を遙かに凌ぐ」ほどである。生まれもって戦気の量が少ないことや、腕力に劣るハンデはあるものの、才能値だけでは間違いなくダマスカスでトップの武人であった。


 デムサンダーも加勢し、ロキ二人を完全に制圧。



「まだ生きているっぽいな。頑丈なやつらだ」



 デムサンダーが足で心臓に触れると、わずかに鼓動しているのがわかった。これだけの攻撃を受けて死んでいないことに驚く。


 しかし、この状態ではダメージが大きく、もう動くことはできないだろう。無防備での波紋掌はそれだけ強力なのだ。強化ガラスを破ったように、デムサンダーとの連携で使えば威力は三倍にも四倍にもなる。さらに変質させた戦気の属性を加えれば応用は広がる。


 さすがのロキも動けないのは当然であった。

 だが、志郎の表情は冴えない。



(僕は本気だった。だから勝てた。でも…)



 仮面の男たちから感じた気迫は、志郎の本気を上回っていた。その目は何かを訴え、何かを貫こうと必死だった。


 人というものが怖いと初めて思った。

 ロキは感情を乱さなかったが、発した覚悟は戦気を見ればわかる。



「やれやれ、いきなり災難だ」



 デムサンダーは、軽口を叩く余裕がまだ自分たちにあったことを幸運だと思った。もし単独で出会っていれば、壮絶な死闘になったことは想像に難くない。その結果は、今とは逆になっていた恐れもあるのだ。


 結果的に、ロキを確保できたのは非常に大きな戦果であった。少しでも情報が欲しい。仮に彼らが口を割らなくても何かしらの判断材料にはなるだろう。


 もう戦いは終わった。


 そう志郎とデムサンダーが考えたのも無理はない。

 それが普通なのだ。


 幾多の戦いを経験した彼らでさえそう思ったのだから無理もない。

 責められない。


 だから、これはけっして油断ではなかったのだ。


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