それじゃあソルジャ-

ロックウェル・イワイ

第1話 多魔世、戦場へ行け

 20XX年、北海道狭間はざま市。

 札幌に隣接するこの街で流麗ながれ多魔世たまよは生まれ育った。

 多魔世の通う狭間第二中学校は市の繁華街に隣接しているためか風紀が乱れていた。

 新学期が始まり珠世は中学3年生になった。


「流麗。また、お前と同じクラスか?」

 二中にちゅう随一の札付き、氷藤ひとう吾路司ごろしが手ぶらで3年D組の教室に入って来た。

「4クラスしか無いんだから仕方ないじゃん」

 多魔世は詰まらなさそうに欠伸あくびをした。

「げ。また、お前らか?」

 次に現れたのは五升利ごますり杉太すぎただった。卑屈で狡猾。万引きの常習犯だった。今までで一番でかい万引き商品は冷蔵庫だと豪語していた。もはや、万引きとも言えなかった。

「なんか、担任は新任らしいよ」

 多魔世はどうでも良さそうに呟いた。

「ふーん」

 杉太も興味なさげに応じ、珠世の後ろの席に座った。

「去年の担任、氷藤がボコボコにしたから辞めたんでしょ?」

 多魔世は一番後ろの席に勝手に座っている氷藤に訊いた。

「辞めてねえよ。転勤になっただけだろ」

 氷藤は不服そうに答えた。

「仕方ねえよな。ずっと、俺たちに嫌味を言い続けて来たんだから」

 杉太は窓の外を見ながら思い出していた。

 三人の2年時の担任、小路こじ勇人ゆうとは事あるごとに前任地の進学校と比較し、クラスの生徒全員に嫌味を言っていた。

「今度も頼むな」

 杉太が半笑いで言った。

「ケッ」

 氷藤は満更でもないような表情を浮かべた。


 チャイムが鳴り、ホームルームの時間を知らせた。

 廊下側の壁の窓からは、長髪の体格の良いジャージ姿の男が、制服を着た男子生徒一人を連れて来るのが見えた。


「おはよう」

 大男は教室に入ると生徒全員の顔を見回した。

 プロレスラーのような体格と肩まで伸びた縦巻きのヘアスタイルの上に、バッチリメイクが施されていた。

 その異様に気圧されたのか、誰一人反応しなかった。

「おっは・よおおおおおー!!」

 大男は天に向かって咆哮した。

「……おはよう……、ございます……」

 数秒の間を開けて、ようやく一部の生徒が反応した。

「今日からお前たちの担任になった中堀なかほり明楽あきらよ。よろしくね」

 中堀明楽は元レスリング100キロ超級男子日本代表だった。オリンピック決勝で密かに想いを寄せていたロシアの相手選手にタックルされた瞬間、うっとり悶絶してしまいそのままフォール負けした。それまで全てピンフォール勝ちで決勝まで進んでいた。業界では、ピンフォール・アキラと呼ばれていた。

 そんなアキラに生徒たちは誰一人警戒を解かずにらみ付けていた。

「あ、それから、今日、転入してきた生徒を紹介するわ。自分で挨拶してごらん」

 アキラは目の前に立つ、生徒の背中をポンと押した。

 男子生徒は陰湿な目でアキラを睨んでから消え入るような声で、「二位戸にいとたけし」と発した。

 これにも誰一人、反応しなかった。

 武は小学生の時にアメリカ国防総省にハッキングを仕掛けた前科があり、未だに保護観察中である。

「じゃあ、ニート君。窓の女子の前に座って」

 アキラは武を多魔世の前の席に促した。

「ケッ。誰が窓際だよ」

 多魔世は武の顔を睨みながら呟いた。


「ところでアタシが何故、この学校に赴任して来たのかわかるぅ?」

 アキラは潤んだ瞳で生徒たちを見回した。

 生徒たちに分かるものなどいるはずもなく、全員、警戒感を強めていた。

「風紀の乱れたこの学校の生徒たちを更生させるためよぉ」

 アキラは二ッと笑ってウィンクした。


「センセイ」

 多魔世が緊迫した空気をぶち壊すように冷めた声で言った。

「何よ?」

 アキラは射抜くような視線を珠世に向けた。

「1時間目開始のチャイムが鳴ってるけど」

 キンコン、カンコンとさっきからスピーカーが、がなっていた。

 教室の入口には国語担当の小野おの的平まとへいが立っている。


「フン!」

 アキラは教壇を降り、多魔世に近付いた。

 多魔世も負けじとアキラを睨み付けた。

「あんたが、流麗ながれ多魔世たまよね?」

 アキラはニヤッと嗤った。

「そーだけど」

 多魔世は訝しげな表情を浮かべた。

「あんた、明日から戦場に行きなさい! いいえ、行くことになってるのよぉ」

「……はあ?」

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