20 夢と少女
「どうして、きみはそんなに自分を追いつめるの?」
幼い、少女の声だった。しかし小さな子供特有の強い抑揚や発音は無く、不自然に大人びた声だった。穏やかで、しかし相応に純真な声。
――そうしなきゃ、ならないんだ。
「いつもいつも、きみは自分をいじめてる。どうして?どうしてきみはそんなに苦しそうなの?」
――苦しくなんて、ない。これくらい……。
その声に応えているのは、少年。幼いとまでは言わないものの、まだまだ小さく、親に甘えているくらいの年齢だった。少年は、質問に答えながら、木剣を振っていた。
「うそつき。きみは何かをあせってる。そんなんじゃ、いつまで経っても無理だよ」
その声に、ぴたりと少年が動きを止める。
――なにが、何が無理だっていうんだよ……。
少年は俯き、肩を細かく震わせる。
「さあね、わたしはきみのこと、よく知らないから」
――じゃあだまってろよ!お前にはわかんねえだろ!
少年は、怒りに顔を真っ赤に染めていた。荒れた息を抑えることもせず、感情を露わにして少女を睨みつけた。声のとおり、まだ一桁ほどしか年を重ねていないような、小さくかわいらしい、しかしみすぼらしい服を着た少女だった。
「でも、無理だよ」
小さなその口から吐き出されるのは、純粋なまでの否定。
「きみがあせっている限り、きみは元凶にふりまわされている。いつまで経っても、優位に立つことなんてできないよ」
怒りに震える少年とは対照的に、ひどく冷静で、穏やかな口調だった。
「あせってもいい事なんてないよ」
諭すように、少女は言った。木々の開けた森の中を、穏やかな風が通り過ぎていく。風に揺れ、葉が音を鳴らす。少女は風に髪を靡かせ、気持ち良さそうに目を細めた。
「だから、わたしとあそぼ?」
少女は、先程までの冷静さなど忘れたかのように、無邪気で花のような笑みを浮かべる。
――……断る。
少年はそっぽを向いてまた素振りを始めた。
その姿を少女は低い木の枝に座って、飽きもせず、ずっと眺めていた。
§
リーレが宿に戻ってきたのは、恐らく明朝であろう時間帯。この街では昼夜の区別がつかず、時間間隔がつかめない。しかし、感じる眠気から、リーレはそのくらいだと判断した。
吸血鬼は既に死んでいる筈だというのに、睡眠が必要になる、というのは疑問に思われるが、それはまだ解明されていなかった。一説には、その強烈な呪いを安定させるため、と言われている。棺桶で寝る、との噂もあるが、少なくともリーレはそのような吸血鬼を見たことがなかった。このように、吸血鬼は人々の生活の裏にしっかりと存在しているにも関わらず、その生態は未だ謎に包まれていた。いや、既に死んでいるのであれば『死態』だろうか。
暗く狭い部屋をベッドへと向かって歩きながら、リーレはソファで横になるセイルを見た。どうやらセイルはうなされているようだった。瞼は閉じながらも、口は不鮮明ながらなにか言葉を紡いでいる。様子からして、何かに憤っているようだった。
ようやくセイルの人間らしい一面を見られて、少しリーレは安心した。リーレにベッドを譲るなどの気遣いや得意げに語るときの饒舌さなどは見たものの、セイルは機械的で、どこか得体の知れない異質さをリーレは度々感じていた。それは恐ろしく、またどこか危うく思われたが、こうしてそれが崩れたことに、リーレは少し微笑んだ。
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