17 吸血姫と吸血鬼
そう、同族である吸血鬼すらも気が付けない程に、その気配は薄くなっていたのだ。
突如、リーレの背後から攻撃が繰り出される。死の気配を纏ったそれは、無防備な背中に当たる寸前、静止する。
「誰でしょう?」
「……名乗る名は無ェな」
赤黒く染まった異様な程に長い爪は、黒く塗られたレイピアによって止められていた。
その気配、能力、状況からして、どうやらそれは眷属種の下位吸血鬼であるらしかった。
眷属種の下位吸血鬼は名を持てない。個体識別の記号としてではなく、魂に刻まれた真名は、呪いによって魂のリソースが削られている吸血鬼には、ある程度高位にならないと手に入れることはできない。吸血鬼のさらに下位種から昇化を重ねてきたリーレのような真祖は別だが。
「そうでしたか……。じゃあ、死んでください」
レイピアが振り抜かれ、その吸血鬼へと迫る。が、しかし、それは当たらない。その動きを察知した吸血鬼はしゃがんでやり過ごし、ついでとばかりに足払いをかける。リーレは慌てて距離をとった。
刹那の交錯で両者共に理解した。相手は格上であると。
位階はリーレの方が上だ。眷属種が真祖よりも強いはずがない。単純な力で言えばリーレが数段勝っていた。
しかし相対する吸血鬼は力こそ控えめなものの、駆け引きに長けていた。その戦闘技術は下位吸血鬼であることが疑問に思える程に洗練されていた。
数呼吸の後、また二人はぶつかり合う。
吸血鬼同士の戦いは激しい。もともとの力が人間よりも遥かに大きいからだ。
両者の実力は拮抗していた。が、不利なのはリーレだった。力があっても、当たらなければどうということはない。先程からリーレの剣は一度も相手に届いていなかった。今はリーレも相手の攻撃をかろうじて防いではいるものの、いつかは限界が訪れるだろう。
リーレのその青い瞳に、焦りの色が浮かび始めた。
――なんとかしないと。
そう思うも、リーレは次第に追い込まれていく。
「何故……?もしかして、あなたは名を、持っている…?」
「さっきも言ったように、
鋭い剣戟の中で、二人の声が響く。
(『親』から与えられた……いや、まさか……)
「あなたは記憶を持っている?」
鋭い先端が、身体を貫き、鮮血が滴る。ただし、それは
「んなっ!?」
慌てて下位吸血鬼が飛び退る。呪われた血が尾を引くそこには、魔法によって鋭利に形成された氷の棘があった。吸血鬼のその傷は、少しずつ塞がっていく。しかし、その力を確実に奪っていった。
一方リーレは、不思議な感覚を抱いていた。先程までもそうだったが、あまりにも自然に戦え過ぎている。自我も経験も、つい最近手に入れたばかりのものだった。もちろん彼女はこれまでも吸血鬼として幾度となく戦ってきた。しかし、それじゃ槍や血を使ってのことだった。これまでレイピアや魔法に触れたことなど一度も無かった筈なのに、リーレは長年経験を培ってきたかのように違和感なく実戦で用いることができていた。
「嬢ちゃん、勘がいいな」
「何故……?」
再び開いた距離の中で、短く言葉を交わす。最早生物ではない二人は、息を切らすこともない。
「さあな、俺にゃ分からん。ただ一つ分かるのは、……」
一呼吸のうちに、相手は距離を詰める。
「嬢ちゃんが俺に勝てないってことだけだ」
言葉と共に繰り出される逆袈裟を、リーレは半歩退くことで避ける。そして
「ほざけ!」
と言葉を発しながら細剣を振り抜いた。剣は止められたものの、その軌跡を追って氷の刃が吸血鬼の腕を切り裂く。
そうして魔法を活用しながら、リーレは相手にじわじわと負傷を重ねさせていく。だんだんとその吸血鬼は追い詰められていった。
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