6 神盾の赤と黒
神盾聖騎士団第二聖隊所属の分隊長アリサ・アインハルトは、新進気鋭の若手出世頭である。入団試験の結果は物理戦闘次席、魔法戦闘五位、総合戦闘次席、座学三位の好成績を収め、その後の聖術試験は主席という実力の持ち主である。
そんなアリサはセイルと別れた後―――買い食いをしているところを同僚に話しかけられ、焦っていた。
情報収集の任務は時間で分担されており、アリサは先ほど勤務時間を終えたところであった。
アリサの所属している第二聖隊は主に辺境を回っているので、その地域の特産物や名物を食べて回るのがアリサの楽しみになっていたのである。そこにはもちろんジャンクフードも多く含まれているので残念だとか他の隊員達に噂されていたりするのだが、そんなことはもちろん、そもそも自分の趣味がバレていることすらアリサは知らない。実に残念である。
少し前から見てみよう。
「おや、アリサちゃん、こんなところで何をしているの?あなたの時間は終わったと思うのだけれど……」
「―――!く、クリスタ!き、奇遇ね!でもそんなあなたこそ、任務はいいの?」
急に同僚から話しかけられたアリサは慌ててその手に持っていたミートパイを隠す。もちろんバレバレなのだが、反応を楽しみたい分隊長クリスタは黙っている。優しいわけではない。むしろ逆である。
「だから、同僚が心配で見に来たのよ」
嘘である。ただただアリサをからかいに来ただけである。
「そ、そう。私は大丈夫だから」
「それで?アリサちゃんはなんでここに居るのかな?」
「そっそれは……そう、自主的に残業してるのよ!もっと情報が集められるようにしてるの!」
内心ほくそ笑んでいるクリスタだが、アリサには悟らせない。
「ふーん。それは偉いことね」
「そうでしょ?」
「で、報告は?」
「あっ!」
完全に失念していたアリサである。
「っご、ごめん、ちょっと行ってくる!」
「いってらっしゃーい。ミートパイは私が責任もって食べてあげるから」
「へ⁉」
アリサは涙目である。この女、やはり最低である。
♰
そんなこんなで領主館に戻り、第二聖隊長に報告に来たアリサ。
「そう、ご苦労様。それで、他に伝えることはある?」
聖隊長エミリア・カレンベルク。どこか底が見えず、アリサはあまり好きになれない人物である。
アリサは少し考え、こう口にした。
「路地裏で、アイツの気配を感じました。見つけることはできませんでしたが、確かに感じたんです」
「アイツ?……ああ、黒騎士のことね」
その言葉を聞き、エミリアはわずかに眉をひそめる。
「アリサちゃん、アイツのことはもう忘れなさいな」
「でも!」
「アイツはもう、死んだの。惜しい人材だとは思うけれど、もう仕方のないことよ。そんな過去に囚われていないで、アリサちゃんは自分のことを頑張りなさいな。アリサちゃんは強いのだから」
「……はい」
そうして報告は終わった。
♰
アリサは自分に割り当てられた部屋に戻り、入浴する。一部屋につき一つの風呂はとても贅沢である。一般市民に少しだけ罪悪感を覚えつつ湯舟に浸かりながら、アリサは今日のことについて考える。具体的には、セイルのことについて。
(……あの人は、黒騎士じゃない?……分からない。手がかりが少なすぎる)
『黒騎士』―――本名シュバルツ。
以前、神盾聖騎士団で、最強だった男。入団試験では全てにおいて主席で、聖術試験は次席。アリサと同期だったので、好敵手と見なしていた、聖騎士だというのに全身真っ黒で軽装を好んだ物好き。
シュバルツは一年前の
しかし、アリサはそれに違和感を感じている。あれだけ強かったシュバルツが、簡単に死ぬとは思えなかったのだ。
シュバルツは、入団試験で主席だったが、それはアリサ達の次席以下とは訳が違う。シュバルツは、共同演習という事で協力し、試験官をした剣聖を下して首席の座を手にしたのである。
だからアリサは、どこかで生きているんじゃないか、と考え、シュバルツの影を探している。
(話してみたら違った。でも、一瞬だけ、アイツの気配がしたのは間違いない)
今日セイルと接触したとき、アリサはシュバルツの気配を感じた。シュバルツに会いたいがために、自分が創り出した幻想なのではとも考えたが、確かにその気配を感じたのである。
(……考えていても仕方がないわね。次あの人に会った時に見定めることにする)
アリサはこの問題を一度保留し、風呂から上がることにした。
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