不穏の兆し

飛行訓練

 数日後、純真は単機で野外での飛行訓練に挑戦した。

 地下の格納庫からカタパルトに乗って、彼は海中に放り出される。ビーバスターは外見の割に軽量で、密度も低く、水に浮く。何もしなければ水面まで浮き上がれるので、そこから飛翔するのだ。

 純真のオペレーターは変わらず上木研究員が務める。


「純真くん、飛行システムも脳波で制御します」

「それでどうやって飛ぶんですか? 人間は飛べませんよ?」


 ビーバスターの飛行システムはイオンスラスターと電磁斥力フィールド。だが、飛行は歩行の様にはいかない。人体にはプラズマを噴射する機能は無いのだ。

 今、純真の乗るビーバスターは俯せのままで水面に浮いている。

 純真のヘルメットのシールドには、南国の豊かな海中が映し出されていた。珊瑚礁を熱帯魚が悠然と泳いでいる。


「まずは斥力フィールドを作動させてください。難しい事はありません。水に浮かぶ事の延長です。息を大きく吸って、体が浮き上がるイメージを持ってください」


 純真は本当にできるのかと疑いながらも、心を落ち着けて大きく息を吸う。そうすると少しずつ機体が浮いて水中から離れて行った。

 海面は緩やかな弧を描いて凹み、機体の重量を受け止めている。不思議な事に、コックピット内の純真には吊り下げられている感覚が無い。まるで自分の体が浮いている様だ。


「おお、できましたよ!」


 興奮する彼に上木研究員は続けて指示する。


「次は浮遊したまま直立してみましょう。ビーバスターは全身に二十基のイオンスラスターを持っています。姿勢制御に重要なスラスターは、手の平と背面、そしてフット部分に集中しています。そのままでゆっくり体を起こしてください。自動制御システムがあるので、特に意識しなくても、浮遊中はスラスターが安定した姿勢を保ってくれます」


 これも純真は難なくこなす。水中で直立する要領だ。上木研究員は彼の上達の早さを褒めた。


「できましたね。理解が早いですよ。次は海上を飛行して移動してみましょう。姿勢制御プログラムは、頭部を中心に垂直姿勢を保とうとします。それを利用して、空中で前傾姿勢になれば、前方に移動できます」

「分かりました」


 上手く空を飛べるのか純真は不安だったが、実際にやってみたところ、全く問題なく飛行できた。空中で自然に垂直姿勢に戻ろうとする機体に、少し逆らうだけで良いのだ。前に傾けば前進、後ろに傾けば後退、左に傾けば左、右に傾けば右と、余りにもあっさりできたので、順調さが逆に不安になる。

 彼は冗談めかして上木研究員に言った。


「オレって才能あるんでしょうか?」

「……他の適合者よりも習得は早いですよ」


 彼女の返答は純真の言葉を肯定している様ではあったが、「才能がある」と素直に認めてはくれなかった。ちょっと調子に乗った言い方だったかなと純真は心の中で反省する。

 彼は初めての飛行訓練で緊張しており、気を緩めたと同時に気怠さに襲われた。


「はぁ、少し疲れたみたいです」


 純真が素直に言うと、上木研究員は帰還を指示する。


「慣れない訓練で消耗が激しいのでしょう。帰還ポイントまで移動してください。場所は映像で示します」


 その直後、アラームが鳴り響いた。純真のヘルメットのシールドに、敵機接近の情報が映し出される。表示される文字は英語だが、非常事態だという事は純真でも理解できる。

 敵群は高高度から地上に降りて来る。機体を止めた純真に、上木研究員が改めて指示を出す。


「純真くん、早く帰還ポイントへ!」

「は、はい」


 純真が答えると同時に、海中から四機のビーバスターが飛び出して、上空に飛翔する。これから襲撃者を迎撃に向かうのだ。

 四機をただ見送る純真に、上木研究員は大きな声で呼びかけた。


「純真くん!」

「あ、はい……えっ!?」


 すぐに帰還しようとした純真だが、彼の意に反し機体が勝手にターンして四機の後を追う。その先には無数のNEOの子機がいる。

 上木研究員が悲鳴にも似た声を上げた。


「何をしているんですか!?」

「いや、違います! 機体が勝手に!」

「暴走しているの!?」

「た、多分……」


 純真の乗るビーバスター六号機は加速を続け、四機とNEOの子機との戦いに割り込んだ。四機それぞれがNEOの子機を追っている所、六号機はミラの乗る赤い三号機を追い、左後方からNEOの子機を強奪しにかかる。


「Mira, behind you!」

「huh?」


 ランドが警告するが、まさか識別信号で味方判定の機体に妨害されるとは思わず、ミラは不意を突かれる。

 六号機は退けと言わんばかりに三号機を弾き飛ばし、NEOの子機を捕獲した。


「うわっ、何すんの、こいつ!!」

「悪い、済まん!」


 純真は申し訳なさを感じて謝るも、機体は全く止まってくれない。そのまま他のNEOの子機を狙って、片っ端から捕らえに向かう。

 ウォーレンが純真に通信で呼びかけた。


「誰が乗っている!? 純真か!」

「はい、そうです!」

「何のつもりだ!!」

「機体が言う事を聞かないんです! 勝手に動いて……」


 応えている間にも、六号機は高速で動き回り、子機を捕らえてエネルギーを奪う。まるで空中で獲物を狩るヤンマかムシヒキアブの様だ。

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