ビーバスター出動

 それから純真はサイパンEB研究所に宿泊して、一日の大半をエネルギー生命体の制御訓練に当てて過ごした。特に生活に不便は無かったが、訓練以外にする事が無かったのも事実。早く自分の体に宿っているエネルギー生命体を制御したいという彼の思いとは裏腹に、彼は「引き寄せる」以外の行動は一向に上達しなかった。


 アクリル板の単純な迷路から電池を引っ張り出すという、人間なら簡単にできる事が、エネルギー生命体には理解できない。まるで知能の低い犬の様に、力任せに引き付けるだけだ。純真は数日間の訓練で引き寄せる力を任意に発動させる事だけはできる様になったが、他の事は一切できない。

 彼は改めて、自分とエネルギー生命体とは、一つの体を共有していながらも別の存在なのだと感じた。



 純真は今日までの滞在で気付いた事がある。サイパンは夜こそ暗くなるが、電気自体は死んでいない。研究所の中も電気が通っている。

 これはどういう事なのかと、純真は上木研究員に尋ねた。彼の問いに対して彼女は遠い目をして答える。


「アメリカは十年前から対エネルギー生命体に備えたエネルギー計画を実行していました。その一つが海底発電所です。アメリカに限らず、多くの国は海底に発電所を建設する事で、エネルギー生命体の知覚から逃れました」

「日本は?」


 純真が尋ねると、上木研究員は苦笑いして首を横に振った。日本はエルコンに頼り切って、何の備えもしていなかったという事だ。

 日本以外の多くの国は十年前に宇宙人と戦っていたので、その延長で今でも何とかなっているが、早期に降伏した日本は対策を立てなかった。その報いが今になって返って来た。


「日本政府は宇宙人の正体がエネルギー生命体だという事も信じようとしませんでした。だから対策を立てる必要も無いと」


 純真には日本を疑う気持ちが芽生え始めていたが、まだ自分の国が「悪い」と認めたくなかった。

 本当に十年前に地球を襲ったのは、エネルギー生命体なのだろうか?

 本当に今の危機は十年前と関係しているのだろうか?

 そう疑う気持ちが残っていた。どちらに対しても純真は半信半疑で、どちらが正しいかを決めかねていた。



 それからまた純真が独り訓練を続けていると、研究所の中に警報が鳴り響いた。

 何事かと純真が手を止めると、間もなく英語でアナウンスがある。


「An emergency situation occurs. The suiteds' unit must gather in meeting room immediately」


 内容を上手く聞き取れなかった純真は、室内で立ち呆けていた。緊急事態という事は何となく分かるが、どう行動して良いか分からない。

 数分後に上木研究員が純真のいるトレーニングルームに訪れる。


「純真くん、緊急事態です。一緒に来て」

「あ、はい」


 純真は言われるまま、彼女に従ってトレーニングルームを後にした。



 二人は研究所の廊下からエレベーターで地下に移動する。

 そして着いたのは、地下格納庫のキャットウォーク。眼下には赤、青、緑、黄、紫、水色の六機の巨大ロボットが並んでいた。大きさは新所沢科学技術大学で開発されていた機体より、一回り大きい。全高二十メートル弱と言った所。大学のロボットとは違い、外装まで完成している。


「このロボットは……?」


 純真の問いかけに、上木研究員は頷いて答える。


「適合者専用の戦闘ロボット。十年前の宇宙人の再来に備え、アメリカが各国の科学者を集めて秘密裏に開発していた機体」

「……それで緊急事態って言うのは?」


 一体何のために自分を地下格納庫まで連れて来たのかと、純真は疑問に思う。

 まさか一高校生の知見を伺うためではあるまいと不思議そうな顔をする彼に、上木研究員は現状を説明する。


「NEOの襲来です」

「NEOって……」

「日本が開発した未来予測システム」

「ああ、はい。そのNEOが……何で襲って来るんですか?」


 純真は前回のウォーレンの話でも、まだ完全に世界を取り巻く状況を把握できていなかった。日本を信じたい気持ちが、彼の理解を後退させていた。

 上木研究員は懇切丁寧に教える。


「NEOは動力源としてエルコンを搭載しています。そのエルコン内のエネルギー生命体に乗っ取られて、NEOは人類の敵になりました。これからNEOはエネルギー生命体の本能のままに、再び世界中のエネルギーを奪い尽くそうとするでしょう」

「どうやって奪うんです? 未来予測システムって自分で戦えるんですか?」

「NEOには自己修復機能と自己改造能力、そして子機の生産能力があります。それらの応用でNEOは自分自身を進化させられるのです。加えてNEOに宿っているエネルギー生命体はリーダークラスなので、他の弱いエネルギー生命体を従える事ができます。日本軍はエルコンを搭載している戦闘機も開発していました。NEOの覚醒と同時に、それらも軍のコントロールを離れています」

「それってヤバいじゃないですか」

「ええ、ヤバいですね。しかし、そのための適合者と適合者専用ロボット――『ビーバスター』です」


 上木研究員は六機のロボットを見詰める。純真も視線をロボットに移した。

 その時、ソーヤを除いた四人の適合者がダイバーの様なスキンスーツを着て格納庫に現れ、早足でそれぞれのロボットに向かう。ウォーレンは紫、ランドは緑、ミラは赤、ディーンは青。コックピットは胸部にあるらしく、首の下のハッチが外倒しに開いて、そこへ乗り込む。

 四人を乗せた四機のロボットは、一機ずつカタパルトに乗って出撃していく。

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