とある郷の物語

ソラ

第2話

「で、あんたは誰?」

 真理と恵美は少しの間、驚いて硬直していた。だが、それも数秒のことだった。

 硬直状態が解けてすぐ、真理は棺に近づきその少女の名前を聞き出そうとする。

 ちょっと、いや、かなり失礼な言い方になったかもしれないけど。

 そして、少女は名前を告げた。

 この少女は【麗妖 妖子】そう、名乗った。

 それを聞いたとたん、真理は再び驚きの感情をみせる。

 それもそうだろう、漢字は違うだろうが、同じ苗字の者が、そこにいたから。


 幻夢郷では、たとえ漢字が違っても村人に【レイヨウ】という苗字を使ってはいけないルールになっている。

 【レイヨウ】の名は、霊妖の巫女にだけ許されるからだ。

 だと言うのにこの少女は【レイヨウ】と名乗った。たとえ偽名を使うつもりであっても、少しは迷ったり、名乗りに数秒はかかるはずだ。

 だがこの少女は自然に、そして愛おしそうに【レイヨウ】の名を名乗っていた。

「……珍しいこともあるものねぇ」

「?」

 すると、目の前の少女は不思議そうな顔をした。どうやら本当に、何も知らないようだ。

 とりあえず、真理も名前を名乗ることにした。【ルール】を知っていれば、少しは焦り等の表情を見せるだろう。

 真理は、最終確認とばかりに自分の名を告げる。

「私は、霊妖 真理

 霊妖の巫女よ」

「そして私は、真理さんの妻の【風里 恵美】です!」

 そこで、そこまで黙っていた恵美も、こことばかりに自己紹介をしてくる。真理の腕に抱きつきながら。

 真理は未だに【妻】を名乗る恵美の方を振り向き、言った。

「私は、あんたと結婚したつもりもないんだけど……」

「いいじゃないですか、好き合ってるんですから」

「別に私はあんたのことなんて……」

「真理さんは、私のこと、嫌いですか?」

「うっ……」

 恵美は、真理の言葉を聞いたとたん、瞳を潤ませ、真理を見上げた。

 別に真理も、恵美のことが嫌いなわけではない。ただ単に【妻】と言われるのが恥ずかしいだけだ。

 恵美は、自分が真理の【妻】と名乗っていることを、まったく隠さない。なぜ、こんなにも好いてくれるのは分からないが。

 真理は否定を諦め、恵美の髪をなでると、恥ずかしそうに告げた。

「べ、別に私もあんたが好きじゃないわけじゃ……ない……わ」

「……真理さん」

 その時、何か考え事をしていたのであろう、少女は、真理を見上げ、質問をしてくる。

 どうやら少女は、先代霊妖の巫女の事を知っているらしく、先代がどこにいるのか。それを、聞いてきた。

 だが、もう先代は死んでいる、真理が小さいころ、妖怪に襲われた。そして最後は、それが当たり前のように死んだ。

 弱い人間は妖怪に食われ、喰われ、くわれて、最後には死ぬ。

 真理がそれを知ったのは幼いころだった。その時の真理は幼すぎたためか、初めてそれを聞いたときは、その事実を受け止められなかった。

 だが、真理は告げなくてはならない。先代はもう【死んでいしまっている】と言う事実を。

 目の前の少女は期待に目を輝かせているが、待っている【答え】はあまりにも残酷で。

 真理は数十秒、押し黙る。少女は不思議そうな顔をして、その答えを待っていた。【生きている】という、答えを――会えるという、希望を。

 勇気を振り絞り、真理は、事実を告げた。

「……死んだわ」

「え……」

 その言葉を聞いたとたん、少女は、悲しそうな顔になった。

 それもそうだろう、知りたかった――会いたかった相手が【死んで】いるとわかったのだから。

 真理、少女を抱きしめた。慰めにはならないと思っていたが、少女の泣いている顔を見ているのがつらかった。

 少女は、真理の胸に爪を立て、悲痛な声で、泣き喚いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る