1章:甘くて可愛い彼女ができました その7

    ※ ※ ※


 帰宅した夏彦は、玄関で靴を脱ぎつつ考えていた。

 妹にどう説明したら良いものか、と。

 中々に衝撃的なニュースだろう。兄と仲の良い友達が付き合うことになったのだから。

 カミングアウトするかいなか……。

 しばし悩んだ結果、

「うん……。とりあえず、今日はいっか……」

 夏彦、保留を選択。

 自分だけの問題ではなく、未仔にも関わってくる問題。故に単独で決めていいものではないという判断のもと

 合理的に見えて、ただの先延ばしである。

 やはり、妹にカミングアウトするのが、めちゃくちゃ恥ずかしいのだ。

「今は幸せを1人めよう、ベッドの上で嬉しさにもんぜつしよう」と胸に誓いつつ、夏彦は2階にある自室の扉を開く。

「あ。なつにいおかえりー」

「……おう」

 扉を開けば、夏彦の妹、新那がベッドの上でうつ伏せに寝転がっていた。

 まるで自分の部屋のようなくつろぎよう。テーブルにはお菓子やジュースが並べられ、お気に入りのペット動画をタブレットで視聴中。夏彦のタブレットである。

 夏彦は特に驚きはしない。

 わりかしに日常茶飯事なのだ。末っ子気質な妹が、自分の部屋に遊びにくるのは。

 新那自身も悪気を毛頭感じておらず、にへら~と屈託のない笑顔で夏彦に尋ねる。

「夏兄もお菓子食べる? ジュース飲む? それとも一緒に動画見る?」

「新婚夫婦みたいに言うなよ」

 新那の性格を一言で表すと、おっとりマイペース。

 争いを好まず、家族の夏彦ですら新那の怒ったところを見たのは、いつか思い出せないレベルの温厚っぷり。さすがは傘井家の人間、夏彦の妹といったところか。

 その温厚っぷりは、小中時代から高く評価されており、同じ学校、学年が1つ上の夏彦の耳にもよく入って来るほどだった。

 マスコット的人気とでもいうのだろうか。誰にでも人懐っこく、垂れ目で真ん丸な瞳が見えなくなるくらいに、にへら~と笑えば、老若男女問わずいやされてしまう。

 天然で抜けていようが、多少のミスやワガママがあろうが、この笑顔の前ではほぼほぼ許されてしまう。

 夏彦以外には。

 所詮は妹である。甘やかす気はサラサラない。

 だからこそ、現状、最も気になることを夏彦は言ってやるのだ。

「俺の体操ズボンをパジャマ代わりに使うんじゃねえ」

 ベッドでくつろぐ新那の下半身に注目。まごうことなき、夏彦の体操ズボンを穿いている。

「勘弁してくれよ。俺、明日体育あるんだよ」

「えー」と新那は唇をとがらせる。

「だって、にーなのショートパンツ乾いてないんだもん」

「乾いてないからって、俺の体操ズボン穿いちゃダメだろ」

「にーながお尻丸出しで、風邪引いちゃってもいいの? 夏兄ひどーい!」

ひどいのはお前だ! 俺にケツ丸出しで野球させる気かよ!」

 ヘルメットとバットを装備すれば、変態バッターの完成である。

「大丈夫だよー。明日は、にーなの体操ズボン貸してあげるから」

「自分のあるなら、自分の穿けよ……」とツッコむのも悲しいだけ。

「ほら。別の貸してやるから」

 夏彦はタンスから新しいハーフパンツを取り出し、新那へと差し出す。

 のだが、

「おい……」

 ハーフパンツを受け取る気ゼロ。

「はぁ~♪ カワウソちゃん可愛いなぁ~♪」

 新那といえば、タブレットで視聴中のカワウソに、お熱状態になっていた。

 瞳はキラッキラッ、ほっぺたはユルッユルッ。どっちがペットか分かったものじゃない。

 ベッドでほんわかしている新那は、はたから見れば癒しの塊なのだろうが、夏彦あににとっては干物女にしか見えない。

 やはりそのようで、

「夏兄、お願ーい。にーなに新しいズボン穿かせて~」

「……は?」

 新那は、勝手に脱がしてと言わんばかり。うつ伏せ姿勢のまま、足を交互にパタパタと動かしてアピール開始。視線は相変わらずタブレットのままだが。

「お前、兄に何ちゅうこと頼んでんだよ……」

「だって、カワウソちゃんがすっごい可愛いところなんだもーん。いいなぁ~、にーなもカワウソちゃん飼いたいなぁ~」

「俺にとっちゃ、お前もカワウソみたいなもんだよ……」

「ありがと~♪」

「別に褒めてねーわ!」

 夏彦の叫びもむなしく、新那はゴロンと、うつ伏せからあおけに。

 そして、お気楽マイペースガールは夏彦が脱がせやすいよう、両膝を曲げ、足を大きく開いたままの状態を保つ。

 その姿は、赤ちゃんがオムツを交換するときの体勢にうりふたつ。

 夏彦は思う。

 妹と赤ちゃんプレイ……? と。

「夏兄まだー? にーなを脱がせたいんじゃないの?」

「ひ、人を変態扱いすんじゃねーよ! 俺は着替えさせたいだけだからな!?」

「そっかそっか。なら早く着替えさせて?」

「…………。俺の反応が間違ってんのかな……?」

 THE・一般市民の夏彦でさえ自分の常識が間違っていると疑ってしまうレベルの、新那のマイペースっぷり。

 夏彦もあれこれ考えるのが馬鹿らしくなる。

 故に吹っ切れる。

「分かったよ! 脱がすよ! 脱がせばいいんでしょうが!」

 夏彦、意を決して、赤ちゃんのオムツ替え体勢になった新那のもとへ。

 そして、ベッドへと膝をつく。

「ったく……。何が悲しくて妹のズボンを……」

 不満を垂れ流しつつ、夏彦は新那の穿いている体操ズボンへと手を伸ばす。

 実の妹だからヤラしい気持ちにはならない。

 訂正。なってはならない。

「……脱がせるぞ?」

「はいは~い」

 いざ、行かん。

 気分は爆弾処理班。

 布越しとはいえ新那の身体からだに触れるのは好ましくないと、細心の注意を払って、ゆっくりズボンを下ろしていく。

 気分は果樹園で働くオッチャン。

 新那のほっそりした生足を傷付けぬよう、優しく取り扱うようにソロリソロリ。

 問題はココからだ。

「っ!」

 新那のおパンティ御開帳。

 下げれば下げるほど、新那の穿いているショーツが姿を現していく。薄水色の光沢がかった生地が夏彦の目に焼き付いてしまう。

 所詮は妹のパンツ。

 されど、生おパンツ。

 良からぬこと、一切の煩悩も入れてなるものかと、夏彦必死。


(これは妹のパンツ、これは妹のパンツ、これは妹のパンツ、これは妹のパンツ、これは妹のパンツ、これは妹のパンツ、これは妹のパンツ、これは妹のパンツ、これは妹のパンツ、これは妹のパンツ、これは妹のパンツ……!)


 この時点で、もはやボロ負け。

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