第54話 休み明け

 約一ヶ月の冬休みが終わり、学生と年少組の見習い達は騎士団寮へと戻って来た。

 俺はルードルフの初寝返りに立ち会えて満足した休みだった。


 王都周辺では冬休みの一ヶ月の間には何度も雪が積もるが、休み明けには殆ど降らなくなる。

 貴族の令嬢や令息が馬車で通えない期間が冬休みになったと言われている。

 

 騎士団員は学生と違い、交代で休みは取れるが纏まった休みは申請しないと無いので可哀想だ。

 その内可哀想な人の一人になる予定ではあるけれど…。


 休み明け前日の夕方に戻り、ドアを開けると腕立て伏せで筋トレしている先輩と目が合った。


「只今戻りました。 今年もよろしくお願いします、サミュエル先輩」


「おかえり、こちらこそよろしくな!」


 なんだか久々で照れてしまう、顔を見合わせてエヘヘと笑ってしまった。

 筋トレを中断して椅子に座ったサミュエル先輩に少し違和感を覚える、なんだろうと暫く考え込んで気付いた。


「……サミュエル先輩? 何だか身体が一回り大きくというか、厚みが増してません?」


「お、やっぱり気付いたか? 冬休みの間に両親に鍛えてもらったんだ」


 尻尾がピンと真っ直ぐに伸び、嬉しそうにニカッと笑う、久々の先輩の笑顔にホッとする。


「ん…? 今両親って言いました? 冒険者なのはお父さんだけじゃないんですか!?」


 何か引っかかった気がしてサミュエル先輩の言葉を反芻して気付いた。


「ああ、現役の冒険者なのは父親だけだが、母親も元冒険者だぞ。 結婚前にパーティーも組んだ事があるらしい」


 実際冒険者パーティーの中で結婚する人達は多い、長い間一緒に過ごして命懸けのクエストを共にこなしている内に…というパターンがお約束だ。


 ただ、その場合は落とし穴があって、どうやら吊り橋効果と死の危険に晒された時に起こる種の保存本能の合わせ技で脳が恋愛と勘違いしたという事も多く、結婚して落ち着いたところで別れてしまう場合が多い。


「冒険者同士の結婚で続いてるって珍しいんじゃないですか? 一緒に鍛えてくれるなんて仲が良いんですね」


 素直に驚いたので思った事がそのまま口に出てしまった。


「ああ、親父はオレと同じ獣人だからな、お袋の事はつがいだと言っている。お袋は人族だがまるで飼い主と飼い猫かと思うくらい尻に敷いてるぞ。それで満足してる親父も親父なんだが…」


 呆れた様な顔で鼻で笑う。

 分かります、思春期に親のイチャラブなんて見たくないですよね。

 でも獣人って本当に番システムがあるという事実にビックリだ。


「番ってどうやって分かるんでしょうね? やっぱり匂いですかね? 番って聞くと一生に一人って感じがしますが、その辺はどうなんでしょう? サミュエル先輩は知ってますか?」


 何気に前世から小説で読んだ時に気になってた事を聞いてみる。

 ただサミュエル先輩自身が番を見つけて無いなら「この人が番だ」ってどうやって判断するのか分からないかもしれない。


「あ~…、番は確かに匂いで判別できるらしい。 相手の匂いで「この人となら丈夫な子供が産まれる」って判るらしいぞ。 だから一生に一人というわけでもないんだ、丈夫な子孫をたくさん残す為に一夫多妻の人も結構いるしな」


 ほぅほぅ、なるほど。

 遺伝子の相性を匂いで判別するのが番認定の基準なのか。

 普通の人間もフェロモン嗅ぎ分けたり、キスの唾液交換で遺伝子の相性チェックを本能的にしてるって説があるもんね。


 思春期に異性の家族が近くに居てイラつくのは近親交配を避ける本能って言うし。

 ん? 俺も成長したらブリジット姉様の側に居たらイラついたりしちゃうんだろうか…。

 貴族は感情を抑える様に育てられる事も多いし、ウチみたいに距離が近い家族は少ないから一般貴族なら問題無いのかもしれない。


「丈夫な子供が産まれるって分かるのはいいですね、産まれてくる子供はやっぱり元気に育って欲しいですから」


 ルードルフの顔が思い浮かんで蕩ける様な顔で微笑む。

 そんな俺を見てサミュエル先輩が心配そうに呟く。


「お前…、何だか前よりも顔付きが女みたいになってないか? なんというか…、母性に目覚めたみたいな優しい雰囲気が強くなってる様な…」


「えっ!?」


 マジか、もしかしてルードルフとずっと過ごしていたから前世の『私』の母性(叔母だけど)が全開になってるんだろうか。

 思わず顔の形を確認する様に両手で頬を押さえる。


 そんな俺を見てサミュエル先輩が肩を震わせて笑っている。


「クッ、クククッ、冗談だよ。 でも人前でそんなふやけた様な顔で笑わない方がいいかもな、特にヨシュアの前とか」


「ふやけた様な顔……。ルディを思い出すとつい…。でも確かにただでさえ乳臭いとか叔父馬鹿とか言われてるのにこれ以上弄られる要素を増やすのは危険ですね」


 そうじゃない、と言わんばかりに複雑な笑みを見せるサミュエル先輩。 

 何か的外れな返事をしてしまったのだろうか。


「とりあえず、ルディを思い出すのは部屋の中だけにしておきます」


「フッ、そうだな」


 吹き出す様に笑って同意してくれたので、そんなに的外れでは無かったと思う事にした。


 その後、久しぶりにサミュエル先輩と一緒に食堂へ向かった。

 休み明けと言う事で食事の前に騎士団長から年明けの挨拶として一言と、連絡事項の確認がされた。

 その後殆どの人員がそのまま夕食を食べる事になったので、厨房の中は可哀想なくらい忙しそうだった。


 俺は今サミュエル先輩に言われて席をキープしている、騎士達大人がわちゃわちゃしてるところに食事を取りに行ったら潰されるかもしれないから自分が取りに行くから席をとっておけと言われたのだ。


 少し離れた席で同じ様にライナーも席取りをしている様だった。

 目が合ったので手を振って挨拶をする、アルフレートを探したら同室の先輩と一緒に食事を取りに行っていたので何だか負けた気がした。

 

 アルフレートとは冬休み中にも会って新年の挨拶も済ませてるからわざわざ挨拶をしに行かなくてもいいだろう。

 決して悔しいからではない。


 サミュエル先輩がトレイに乗せた食事を二人分運んで来た、途中でヨシュア先輩に話しかけられて何やら怒っている様だった。

 ヨシュア先輩はこっちを見てニヤニヤしながら自分の食事を取りに行った。


「待たせたな」


「いえ、ありがとうございます。 ヨシュア先輩何を言ったんですか? サミュエル先輩何か怒ってませんでした?」


 トレイを受け取り礼を言う、そしてさっきのやり取りについて聞いてみた。

 しかしサミュエル先輩は言葉を濁して教えてくれなかった。 

 サミュエル先輩が怒る様な嫌な事でも言ったんだろうかと首を傾げていると先輩が口を開いた。


「お前を揶揄う為にくだらない事を言って来るかもしれないが気にするな、ヨシュアはバカなだけだからな。さ、食べよう」


「はい、わかりました。…ありがとうございます」


 どうやら俺の為に怒ってくれたらしい、優しい先輩が同室で良かったと幸運を噛み締めて食事をした。

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