第20話 俺が知らなかった噂
俺は今出掛ける準備をしている、今日は休みなので街へ買い物へ行くつもりだ。
野営の時のヨシュア先輩からの口止め料としての美味しい物を作る材料を買わなければならないのだ。
副料理長にも昼食後に調理場を貸して貰える様に交渉済みだ。
またサミュエル先輩に案内をお願いしようかと思ったが、口止め料の件もバレてしまいそうだったので一人で行く事にした。
前回の買い物で店の場所も大体把握したし。
今日を逃すと来週になってしまうし、ここ数日チラチラとヨシュア先輩が要求を匂わせる事をすれ違いざまに呟いてくるし…。
「野営交流会は楽しかったなぁ」
「また旨いもの食べたいなぁ」
「そういや最近菓子とか食ってねぇなぁ」
そんな感じでプレッシャーを与えてくる様になった。
お菓子か…、クッキーとかケーキとか普通に売ってるものだと「作った時にお裾分け」ではなくなってしまう。
だが考えてみて欲しい、『私』もバレンタインやクリスマスや時々食べたい時にケーキやお菓子は作った経験はあるが「趣味はお菓子作りです」とか「パティシエしてます」とかそんな人じゃなきゃ材料と作り方は覚えてても全ての分量まで覚えてる人って少ないと思うんだ…!!
そんな訳で現在問題なく作れるのはシンプルな型抜きクッキー、アイスボックスクッキー、パウンドケーキの三択だ。
洋菓子は計量が大事って言うけど本によって分量違ったりするからクッキーに関しては多少違っててもイケると思っている、型抜きは材料三つの超簡単サクサククッキーという小学生でも余裕で作れるやつだし。
パウンドケーキは玉子と1パウンドずつバターと小麦粉と砂糖を入れて混ぜて焼くだけという簡単ケーキの代名詞だから作れる人は多いだろう。
確か1パウンドは450グラムちょっとだったような…。
しかし普段はホットケーキの素使ってて150グラムか200グラムで玉子のサイズは変えても3個のままだったはず。
クッキーはすぐに湿気るから焼いたら翌日までに食べてもらわなきゃ味が落ちるし、ここはやっぱりパウンドケーキでいいか。
ウンウンと一人で納得して頷き寮を出た。
まずは小麦粉を購入、サミュエル先輩にも食べて欲しいし、調理場を借りるお礼もしなきゃいけないから600グラム…、と思ったけど1キロ単位の販売だった。
ベーキングパウダーじゃないけど、同じ効果の粉も売っていたので購入。
必然的にバターと砂糖も1キロずつ購入、愛想良くしてたら少し余分にサービスしてくれた、やったね!
やっぱりこの世界では砂糖はちょっと高い、養蜂してないのか蜂蜜はもっと高い。
どこかのダンジョンの蜂の魔物からドロップする蜂蜜はびっくりするくらい美味しいらしいが、前世の専門店で売ってる物並に高いらしい。
ちなみに俺には家長となったアドルフ兄様から定期的にお小遣いが送られて来る事になっている、お陰でこういう買い物も自由に出来るから感謝だ。
一人前になった暁には俺の収入で何か皆にプレゼントしたい。
ケーキの型は無いと副料理長のヴォルフから聞いていたので職人通りに向かう、職人見習いが作った物は安く手に入るから素人ならそれで充分だとヴォルフに教えて貰った。
うん、見習い達頑張れ、そう言いたくなる商品が並ぶ中、「本当に見習いが作ったの!?」と言いたくなる様な物が並んでいる店があった。
値段も他の店と変わらなかったので、一気に作る事を考えて思い切って五つ購入した。
最後に玉子を購入、ケーキ一つにつき三個で五つ分、合わせて十五個…割るの失敗した時の為に二十個にしよう。
玉子は割るの失敗しても卵焼きにしちゃえばいいよね!
玉子といえばプリンというテもあったか…、玉子と牛乳と砂糖だけだし……ダメだ、分量が分からない…。
生クリームと牛乳を200ccずつ使う半熟プリンに一時期ハマって飽きるまで作ったのに、玉子と砂糖の分量が思い出せない…!
思わず往来で頭を抱えて立ち止まった。
「あれ? クラウスじゃない? 大丈夫かい?」
聞き覚えのある声に振り返るとヨシュア先輩と同室のダニエル先輩だった。
「頭抱えてたけど、頭痛でもするのかい?」
心配そうに顔を覗き込まれた、無駄に心配を掛けてしまって申し訳ない、何と言って誤魔化そうか…。
「いえ、頭痛ではなくてですね…。 お世話になってる先輩にお菓子でも作ろうかと思ったんですが、乾燥してしまわない様に包む物をどうしようかと悩んでました」
実際パウンドケーキは乾燥したらパサパサした食感になるのでアルミホイルやラップが無いこの世界だと何を使えばいいか分からなかったので聞いてみた。
「う~ん、それだったら防水紙かなぁ? 巻いて両端を縛ってしまえばいいんじゃないかな?」
そんなのがあるのか、クッキングシート的なやつかな?
「ありがとうございます、どこに売ってますか?」
するとフフッと意味あり気に笑い
「君も知ってる子の家だよ、ライナーって新人が居るだろ? 彼の実家さ、そこの次男がボクの同級生なんだ、案内するよ」
軽く背中を押してあまりにも自然にエスコートしてくれる、騎士団寮で知り合った中でも一番柔らかい雰囲気だし、きっと女の子相手にエスコート慣れしてるんだろうなぁ、と感心してしまった。
三分程で雑貨屋の様な店に到着した。
ダニエル先輩は先に入って行くと中に居た赤みの強いブロンドに濃い青い目の顔立ちがライナーに似た青年に声を掛けて俺に手招きした。
「彼が噂のクラウスだよ」
「クラウスです、ライナーとは仲良くさせて貰ってます」
『噂の』が気になったがニッコリ笑って握手をした。
「初めまして、私はライナーの兄のフォルカーと言います。 噂のクラウス様に会えて光栄です」
とても丁寧に挨拶されてしまった…。
「あ、あの、どうかクラウスと呼んで下さい。 ライナーもそう呼んでますし、ダニエル先輩も。 それより噂って何ですか?」
そう聞くと二人は驚いた様に目を見開いて顔を見合わせた。
「噂って意外に本人には届かないものなんだねぇ」
「いや、コレは学校で広まってるやつだからあえて騎士団寮では話題に出さずに本人の耳に入れない様にしてるとか?」
「ヨシュアなら何も考えずに普通に本人に言ってると思ってたけど」
クスクスと笑いながら言っているが、ヨシュア先輩はやっぱりダニエル先輩にも何も考えてないって思われてるんだ…。
ダニエル先輩は俺の顔の前で指を一本立てた。
「まず一つ、最年少の騎士見習いが初日で清浄魔法を成功させた」
もう一本指を立てる。
「二つ、野営交流会で先生の命を救う素晴らしい状況判断をした。 王宮の専門部が調べたところ、かなり正確に把握して素晴らしい対処だったとの事」
言ってもう一本指を立てた。
「三つ、これも野営交流会で料理上手だから野営や遠征する時は同じ班になりたい」
更に指を立てた、まだあるのか!
「コレで最後、騎士に必要な訓練を遊びに取り入れて、むしろ騎士達がそれを真似している」
バレてる!
あの遊びがバレてますよ騎士の皆さん!
内心冷や汗を流していると。
「あ、まだあった。 アドルフ様やカール様の弟で名門貴族なのに態度が柔らかくて可愛いって」
ニコッと最後に微笑まれた。
何で第三騎士団での出来事が『学校』で噂になるわけ!?
言葉を失い固まっていると。
「ちなみにこの噂は私の様に兄弟が第三騎士団寮に居たり、あとヘンリック先生やアルノー先生が命の恩人だと話してましたよ。 騎士科の先生って声大きいから周りによく聞こえますからねぇ? 事実専門部の話ではあと数分対処が遅れていたら回復魔法も効かず亡くなっていたらしいので」
「な、なるほど…」
膝から崩れ落ちそうになるのを何とか堪えて目的を果たそうと聞いてみる。
「あの、お菓子を包む為に防水紙が欲しいのですが」
心なしか面白そうに俺を観察していたフォルカーさんに聞くと。
「防水紙ですね、最近は可愛い色付きも出てるので包装にはお勧めですよ。 こっちの物はちょっと値段は上がりますが包装だけじゃなく、お菓子を作る時に天板に敷いたり型に敷いたりできる耐火性のものです」
凄い、商品の説明がスラスラ出てくる。
正に商人になる為に生まれて来たみたいに生き生きと対応してくれる。
結局型に敷く用と色付きの包装用を数種類と縛る用の細いリボンを一巻き買って、店の前でダニエル先輩にお礼を言って別れた。
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ずっと漢数字で統一してきましたが、さすがに単位がccなのに漢数字はどうかと思い、アラビア数字解禁にしました。
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