最初で最後の恋を君に

紗沙神 祈來

最初で最後の恋を君に

「恋ってなんだろうね」

 日が沈みかけ、空が夕焼けに染まり始める時刻。

 学校からの帰り道で彼女は突然そう言った。

「ほんとに、なんだろうね」

「じゃあさ、運命ってなんだろうね」

「それこそ、もっとわかんないよ」

 実際僕には恋も、運命もわからない。

 だから正直に答えた。

 濁しもせず、嘘偽りも言わなかった。

「だよね。私も」

 空を見上げて少しはにかみながら笑った彼女の横顔は、どこか悲しげだった。


 僕と彼女の関係を一言で表すなら、幼馴染というのが正しいのだろう。

 親同士が昔から仲が良くて、僕達は物心つく前から一緒に育ってきた。

 それはもう兄妹のように。

 今の時代ならそんなに珍しいことでもない。

 ずっと一緒で、何でも話せて、心を許せる存在。それが彼女だった。

 そして僕らは中学生になった

 けれど幼馴染の関係は全く変わらなかった。

 正直中学に上がったら何か変わるのかと思っていた。

 別に恋仲になる、みたいなことを期待していたわけじゃない。むしろその逆。

 ずっと2人でいるものだから、付き合ってるんじゃないかとからかわれて距離を置かれ、嫌われるんじゃないか。そう思った。

 でもそんなことは杞憂に終わった。

 たとえどんなに言われようと、彼女は笑って過ごしていつもとなんら変わりない生活をしていた。そしてその生活の中に、変わらず僕の姿もあった。


 そして今。高校2年になった僕らは、昔と変わらず一緒にいる。

 この歳になると恋愛事は避けて通れなくなっていた。

 元々姿見の良い彼女は高校1年の時から先輩、後輩問わず告白されている。

 自分で言うのもなんだが、僕も何回か告白された。

 けれどどうしても相手のことを好きになれない。と言うより、特別な感情が持てないのだ。

 そのことを彼女に話したら、

「へー。私と一緒なんだね」

 と言っていた。

 なんだか嬉しくなった。

 2人で同じことを考えているのが昔を思い出すような感覚で無性に嬉しかった。

 その後彼女はこんなことも言った。

「もしかしたら、私たちって恋とかそういうものの気持ちがわかってないのかもね」

 確かにそうかもしれないと思った。


 そんなある日の帰り道で彼女が言ったのが「恋ってなんだろうね」だった。

 僕はその日、恋について色々考えていた。

 どういう気持ちなら、思いなら恋と呼べるのか。

 ネットで調べたりしたがどれもピンとこなかった。

 自分に当てはまったものもあったがそうでないものの方が圧倒的に多い。

 やっぱり恋はわからない。


 それからも普段通り2人で生活していた。

 あの発言に特に深い意味は無く、今までの日常が変わることはなかった。

 僕はこの日常が好きだ。

 彼女と2人でいる時間、話している時間、遊んでいる時間、その全てが大切で、命同然の生活だった。

 そんな時、彼女が病気で倒れた。

 本人はそんなに酷くないから大丈夫、と言っていたがものすごく心配だった。

 彼女は昔から体弱く入退院を繰り返していた時期もあった。

 最近は落ち着いていたこともあって安心していたが急なことで焦った。

 そして日常が崩れていく音がした。

 あの幸せでかけがえのない日常が失われるかもしれない。そんな恐怖に怯えていた。

「なぁ。ほんとに大丈夫だよな?」

「何回も言ってるでしょ。ちょっと体調崩しただけ。すぐ良くなるから」

 そうは言うもののやはり心配でならない。

 彼女だけはどうしても失いたくなかった。

 ずっと一緒にいたいと心から願っていた。

 なのに。

 それから2週間後。彼女が帰らぬ人となった。


 後悔.....は無かった。

 あの場で僕ができることは何も無かった。

 ただ彼女が生きることを願うのみ。

 今の気持ちは悲しみが10割。いや、それすらわからないくらい不安定だ。

 ずっと心の奥底でモヤモヤしたものがある。

 大切な人を、生活を失った悲しみとは明らかに別の感情。

 これがなんなのか、わからないまま数日がたち、彼女の葬式の日になった。


「恋ってなんだろうね」

「運命ってなんだろうね」

 声がする。死んだはずの彼女の声。

「ねぇ、なんだろうね――」

 その声を追うように、僕は目を覚ました。

「夢、か」


 葬式には親族、クラスメイトを含めて大勢の人が参加した。

 やはり人気者だなと、つくづく思う。

 そして彼女の棺の前で最後の別れを告げる時間。

 程なくして僕の番が回ってきた。

 何を、言えばいいんだろう。

 思い出?単純に別れ?いや、違う。

 俺にはもっと、他に言うことがあるはずなのに.....。

「恋ってなんだろうね」

 ハッと息を飲む。なぜここでそのセリフが再生されるのか。

「運命ってなんだろうね」

 蘇る記憶。あの帰りの時だけじゃない。

 今まで彼女過ごしてきた時間。その全てが丁寧にリフレインされていく。

 .....ああ、そういうことか。

 僕は、ほんとうに言うべき言葉を見つけた。

「恋ってのは、その人と生活して、話して、遊んで、楽しいかどうか。心の底から幸せを感じられるかどうか、だと俺は思う」

 自分が感じたことをそのまま言う。

 今までもそうしてきたように。

 そして。

「運命ってのは、多分.....」

 僕たちのこと。そう言うつもりだった。

 でもどうしようもなく涙が込み上げてきて。

 声にならない嗚咽と共にどこかへ流れ出てしまって。

 そして、運命なんて言いたくもなくて。

 だってこれを運命なんて言ってしまったら。

 まるで彼女が死んでしまったのも運命みたいじゃないか。僕はそれをどうしても認めたくなかったんだ。

 だが、それで終わってはいけない。

 僕がほんとうに言うべきことはまだある。

 まだ溢れでる涙を拭いつつ、俺は彼女を、棺の中にいるに向き合って言った。


「ずっと、ずっと大好きだったよ。そしてこれからも好きだ」


 僕の声は届くことなく消えた。

 そして僕の恋も、届くことはないのだろう。

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