今夜、血飛沫とともに踊る

酸化する人

第1話白き世界

凍てつく寒さの雪山をひたすら歩く栗毛の少女が一人。

体力はすでに限界――。

手の皮はめくれており、足は壊死しかけている。

彼女の緋色の目は徐々に生気を失っていく。

あと数分で確実に死ぬだろう。

まだ歩けているのが、奇跡みたいなものである。

このまま死ぬわけにはいかない.....。まだ、なにも成し遂げてなんかいないのに。

そんな気持ちとは裏腹に、だんだん体は動かなくなっていく。

(ドサッ)

遂に倒れ込んでしまった。心よりも先に、体が折れてしまう。

ここまでだ。

ここでわたしは死ぬんだ。

なにもできずにわたしは死ぬんだ。

悔しい。自分が無力なのがたまらなく悔しい。


倒れてからどれくらいの時間が、経過したのだろうか?

一分?一時間?それとも一日?

目も見えない。耳もきこえない。なにも感じない。

これが死。

いやだ!死にたくない。

こんなに寂しいの耐えられない。

辛い。怖い。痛い。だれか助けて....。


「助けてほしいか?」

重くて無機質な声が聞こえてきた。 

だれの声だろう?

耳は聞こえなくなっているはずなのに、なんで聴こえるんだろう。

いや、そんなことどうでもいい。

助けてくれるのならだれでもいい。

精一杯の声を振り絞る。

わたしはここで死ぬわけにはいかない。――言葉になったかどうかは分からない。

そこでわたしの意識は途絶えてしまった。

 

「ここは....?」

目が覚めると、見知らぬ部屋のベットの上にいた。

確か、雪山で倒れたはずなんだけど....。

なんで生きているんだろう。

それともここは.....。

「ここは死後の世界なのかな.....。」


「死後の世界?ここはそんなに物騒なところなどではない。」

声のする方に顔を向けると、黒髪頭の男が立っていた。彼の顔には目元から顎にかけて深い傷痕が刻まれており、それが明らかにただ者ではないということを表している。

しばらくじーっとその男の様子をうかがっていると、しびれを切らしたのか話始めた。

「なぜ黙っている?言語機能に支障をきたしているのか?完全に治療したはずなのだが。」

わたしを治療した?

そういえば雪山で倒れていた時に、聞いた声と同じような感じがする.....。

そうか。この人がわたしを助けてくれたんだ。

「ありがとう。助かった。」

自分なりの感謝を伝える。

「フッ。年上にため口か.....。これだからガキは嫌いなんだ。」

どうやらわたしの感謝を気に入っていないらしい。

結構誠意を込めたんだけどな。

「まあいい。そこにある服に着替えてから、第一ホールに来い。腹が減っただろう?食事にしようじゃないか。」

そう言うと、扉を開けて立ち去ろうとする。

「待って!あなただれ?」

「........ナンバー・アイルホルン(Nummer Einhorn)だ。短い間だがよろしく。」

そう言うとすぐ扉を閉めてしまった。

まだわたしの名前を言っていないのに.....。


黒いカーディガンと白いシャツ、そして赤いスカートに着替えてから、部屋の扉を開けて第一ホールへと急ぐ。

そういえば、第一ホールってどこだろう?

部屋がたくさんあって、どこに行けばいいのかがまったく分からない。

それにしても大きい家だ。

でも人が全然いない。

ナンバーだけで住んでいるのかな.....。


しばらくの間、探し回ったがなかなか第一ホールっていうところが、見つからない。

ぐう~~~っ。

お腹が減った。

餓死する。

助けて。


「おい。そこで何をしている?」

ナンバーの声だ。

「場所教えてもらってないから、探してた。」

「場所って....だから第一ホールって言っているじゃ..........。」

顎に手を当てて考え込む。

「.......フム。確かにここに来たばかりの君が、第一ホールの場所なんて知るはずないな。私の失態だ......すまない。」

「ナンバー、おっちょこちょい。」

「ガキが。調子に乗るな。後、ナンバーさんと呼べ。」

ナンバーが怒ると顔の凄みが増して、もの凄く怖い。

思わずコクりとうなずいた。



「ナイフとフォークの使い方が上手いな。どこで身につけた?」

「昔、練習した。」

ハンバーグを器用に食べてみせる。

「そうか。.....言葉使いの練習もしとくべきだったな。」

そう言うと、ナンバーはカップに入った紅茶を一気にのみほした。

(カシャンッ)

カップをソーサー(小さいお皿)の上に置いた時の音が、静かな部屋の中で響く。

「食事をとりながらで悪いが、少し質問をさせてもらう。」

「いいよ。」

ロブスターにむしゃぶりつきながら、話を聞く。

「なぜお前はあんな所にいたんだ?」

「あそこら辺に、魔術士を殺してくれる殺し屋がいるっていう噂を聞いたから....かな。」

ロブスターを食べ終わったので、次はパンケーキの攻略を開始する。

「ほう....。なぜそいつに会おうとした?まさか、ただ見てみたい!とかいうくだらない理由じゃないだろうな?」

「違うよ。依頼があったから、探していたんだ。殺して欲しい人がいる。自分で殺したいけど、それは無理だから。」

ナンバーの眉毛がピクリと動く。

「殺したい人?恨みがあるのか?」

食べる手を止めて、ナンバーを見つめる。その目には、少女らしからぬ狂気が宿っていた。

「うん。ズタズタに引き裂いて欲しい。わたしの親友がされたみたいに。」

殺したい。アイツを。殺すんだ。


ナンバーが立ち上がりながら、手を大きく広げる。

「......。なるほど。運がいいな。お前が探していた人はこの私だ。このナンバー・アイルホルンこそが、君が求める殺し屋だ。」


「なんとなく、そうじゃないかなって思ってた。」

食事を再開する。

おいしい。

もう一回おかわりしよ。

「もっと感動してもいいと思うのだが....。クソッ。調子が狂うな。」

パクパクパクパクッ。

もぐもぐもぐ。

ムシャムシャ。

「食べ過ぎだろ。」

「ナンバーの料理、おいしい。」

「....口に合って何よりだ。」


食べ終わった後、ナンバーに殺しの依頼をお願いする。

でもなかなか引き受けてくれない。

「早く依頼受けてよ!」

「ターゲットの顔も名前も分からないのでは、殺しようがないじゃないか。そもそも依頼というのはな、報酬を支払わないといけないんだぞ?ナイフとフォークを扱えているから、どこかのお嬢さんだと期待してはいたんだが.......。さては貴様、無一文だな?」

「うっ...。」

こうなったら、お色気作戦しかない。お母様が男は全員、女の色気でイチコロとか言ってたし....。

恥を忍んで服を脱ぎ始める。

「じゃあカラダで払う。」

「おい。なぜ服を脱ぐ?その私の実験のために体を提供するという案だが、お前の体なんぞ生け贄としてでも使えん。いらん。」

そんな。この作戦でもダメだなんて....。しかも全く色気を感じてない。どうしよう。

「......まあ、一つだけ条件を飲んでくれれば受けないこともないんだが....。」

「条件?なんでもする。」

どんな条件だろ?

ゴクリ

「お前が私の弟子になることを承諾してくれるのであれば、その依頼を受けてやろう。」

そう言い放ったナンバーの顔はどこか、悲しげであった。


「いいよ。」

「一つ返事か。.......まあお前ならそう言うと思っていた。では、改めて自己紹介といこうか。私の名前は」

「ナンバー!!!!」

わたしはナンバーのセリフにかぶせるように叫ぶ。

「私のセリフを取るな。......まあいい。ではお前の名前を聞こうか。」

「わたしの名前は、ルルロア・ツー・クラウゼ(Lullor Zu Krause)。よろしくナンバー。」

そう言うと少女は優しく微笑んだ。




(※ナンバー(Nummer)はスペルミスではありません。)



















 


 

























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