送り犬の遠吠え
烏神まこと(かみ まこと)
1
気のせいかもしれないけれど、と前置きをして僕は言った。
「最近、やけに視線を感じるんだよね」
「視線?」
甘味好きの恋人・
「うん。バイト帰りとか、今みたいに二人でご飯食べてるときとかに視線を感じることがあるんだよね。たまに人影を見ることもあって……あ、今は大丈夫だけど!」
彼の切れ長の三白眼が周囲の客を怪訝そうに見回し始めたので、慌てて最後の言葉を付け加えた。僕はそんなふうに思ったことがないけれど、敬二さんの人相は悪い方らしい。今もたまたま目が合っただけのおじいさんが小さな悲鳴をあげている。遅かったか。
「でも、心配になるな。そんな話を聞くと。
「……まあ、ただの視線だし実害はないから」
ちょっと吐き出したかっただけで、過剰に心配されたいわけじゃない。全然気にしてないということをそっけない返事でアピールしてみる。もちろん、最後の一言には反応しない。恥ずかしい言葉が返ってくるだけだから。
すると敬二さんは周囲に視線を向けるのをやめて、再びパンケーキに手をつけた。眉間に皺を寄せながら咀嚼しているが、心パンケーキにあらずといった感じだ。
「俺が夕人くんの送り犬になれたらいいのにな」
口を開いた敬二さんは、ため息混じりに聞き慣れない単語を口にした。
「おくりいぬ?」
家に送るフリをして部屋に上がり込み、性的な意味で相手を食べてしまうのは送り狼だったはず。
「そういう名前の妖怪がいるんだ」
敬二さんにオカルトの知識があるなんて意外だなと思いつつ、どんな妖怪なのか聞いてみた。
敬二さんによると、送り犬は夜道を歩く人に、こっそりとついてきて、その人を目的地に着くまで守ってくれる妖怪らしい(ただし、食べ物のご褒美必須)。それだけ聞くと良い妖怪だ。
だけど、妖怪というだけあって、怖い一面も持っている。送り犬につけられている人は道中で転んだり隙を見せたりすると食い殺されてしまうそうだ。
「そんな危ないボディーガードだったら、いらないなー」
「大丈夫。俺は夕人くんを食い殺さない送り犬だから!」
胸を張る敬二さんと半分まで減ったパンケーキ。二つを交互に眺め、僕はパンケーキの写真を撮り忘れているということに気付いた。
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