第16話 発進、ラジエル&メタトロン ―"Diligence" and "pureness"―
「うわー、かっけーっ! いいなぁ、羨ましいなーこの野郎! こんな凄そうな機体に乗れるなんて、やっぱすげえやツッキーたちは!」
新パイロットの当人たちよりも大はしゃぎで新型機を見上げるシバマル。
背中をバンバンと叩いてくる彼にカナタは苦笑しつつ、【ラジエル】と名付けられた最新SAMを見つめた。
獣のような顎やゴツゴツとした装甲が特徴的な【イェーガー】とは真逆の、白銀を基調とした線の細いデザインの機体。そのモデルは【イスラーフィール】から大きな胸部を取り払ったもの、といったところだ。
最も目を引くのは背中に設けられた一対の白翼で、これは【サハクィエル】の技術を流用したものか。
先に作られた機体の特徴を引き継ぐ、試作機――それがこの【ラジエル】なのだろう。
「どうだ、月居くん。もし外装のデザインに注文があったら早めに言ってくれよ。なんせこれは君の専用機だ。君だけのために作られた、ね」
新型機のお披露目ということで訓練を見学している矢神キョウジに言われ、カナタは頷く。
この【ラジエル】には翼を除けば目立った装飾はない。装備も腰の鞘に収められた長剣しかなく、後で追加・改修する前提のプロトタイプであるのは明らかだ。
(この白いキャンバスに、僕の好きなようにSAMの姿を描けるんだ。だったら……)
【ラジエル】へ向けられたカナタの瞳は輝いていた。
母親が強いる戦いのための兵器としてではなく、純粋な「ロボット」として彼はその機体を見ている。
見習い兵士からロボットオタクの顔になったカナタに、マナカは微笑む。
「カナタくん、SAMが本当に好きなんだね」
「とっ、当然だよ! ぼ、僕、昔からロボットアニメとかよく見てたし、え、SAMのプラモデルもたくさん部屋に飾ったりしてたもん」
「へぇ、そうなんだ! あ、じゃあ今度、カナタくんのコレクション、お家まで見に行っていい?」
「い、いいけど、部屋汚いよ?」
カナタが幼い頃に母親が買ってきて、一緒に組み立てたプラモデルは今も自宅の彼の部屋に保管されている。
中学時代にずっと引きこもっていた部屋には、これまで他人を入れたことはなかったが――自然と、カナタはマナカを受け入れていた。
その様子に目を細めるキョウジは、煙草を吸いながらもう一つの新型機【メタトロン】を一瞥する。
巨大な黄金の円環を背後に浮遊させ、白い鋼鉄の翼を生やしたSAM。
その腕や脚、腹部には背後のそれと同色のリングが嵌められており、十字のラインが入った胸部の中央には真紅のオーブが埋め込まれている。
その体高は【イェーガー】の二倍である12メートル。ボディは細身の【イスラーフィール】や【サハクィエル】とは対照的な骨太な作りであり――驚くべきことに、腕が四本もある。
神々しささえも醸すその機体の威容は、『異形』にも引けを取らないほどだ。
「し、しかしあれだな。このデカさといいゴツさといい、早乙女とはミスマッチのような……」
「そうですわね。早乙女くんの専用機は【イスラーフィール】のような女性的なモチーフだと思っていましたが……」
七瀬イオリと神崎リサがレイと【メタトロン】を見比べて言う中、当の本人は特に文句があるわけでもなさそうに新型機の脚部をじかに触っていた。
「魔力伝導率の高い
「あぁ、後で渡すよ。だが君のことだ、乗れば自ずと理解できるだろう」
自分の実力を認められているのが嬉しいようで、一瞬表情が緩みかけてしまうレイ。
だが彼はすぐに普段のすまし顔に戻ると、振り返ってイオリを睨みつける。
「巨大な機体にボクがミスマッチって、あれですか、ボクがチビだとでも言いたいんですか?」
「え、だってそうだろ」
「そうだろ、じゃありません! パイロットは大きければ大きいほど有利なのに、ボクの背は中学時代から一向に伸びやしない――その悔しさも知らないでッ……!」
頬を膨らませてむきーっ、と唸るレイに、イオリは「すみませんでした」と即行で土下座する。
そんな彼を見下ろしてリサは呆れたように肩をすくめた。
「駄犬といい貴方といい、デリカシーのない男性はモテませんのよ?」
「犬塚と一緒にするなよな。俺は真面目だぞ、大真面目だ」
「でしたら、早く立ったらよくって? 見苦しいですわ」
腕組みするリサに軽蔑の視線を注がれ、イオリはさっと立ち上がった。
言葉に違わず表情を真剣なものに改めた彼は、二機の新型を眺めて呟く。
「……俺たちも頑張ったら、いつか月居たちみたいに新型機もらえるかもな。俺も、あいつらと肩を並べられたらいいな」
「弱気ですわね、七瀬くん。私だったら、『並べられる』と言い切りますわ」
不敵な笑みを浮かべてみせるリサに、イオリは深々と頷いた。
カナタとレイが新型機に乗り込む中、彼らと共に過ごしてきた面々はそう将来の誓いを立てる。
「おれもだ! 新型機をもらったら、【スーパーシバマルmark6.5】って名前にする!」
「どこから突っ込んだらいいの、そのネーミング……」
にひひと笑うシバマルに呆れ顔になるマナカ。二人もリサたちの思いを共有し、これからの試験でより良い結果を出そうと意気込んでいた。
彼らがそうこう言っているうちにカナタたちの新型機搭乗は完了し、クラス全員が見守る中、いよいよ【ラジエル】と【メタトロン】の両機が目を覚ましていく。
少年たちは操縦席に身体を預け、脳の信号をSAMにより反映するためのヘッドセット――形状はカチューシャに近い――を装着した。
ヘッドセットがなくともパイロットは【アーマメントスーツ】を介してSAMと接続できるが、これを用いることで手動での
【イェーガー】の時点で常人以上の機体とのシンクロ率を叩き出していたカナタとレイには手動操縦よりもこちらの方が向いているだろう、との月居司令の判断で導入された最新鋭の機器だ。無論、そこらのパイロットがこれを付けたところで、機体とパイロット自身の魂が反発してまともに操縦できない。
(僕と君は一つだよ、ラジエル)
カナタは心の中で新しく出会った機体へ語りかける。
微弱な魔力光線でのパイロットのスキャニングを終え、カナタを主として認証したラジエルのモニターの端にはたちまち幾つものウィンドウが展開され、少年はそれをざっと眺めた。
(基本的なシステムは【イェーガー】と変わらない。変わっているのは操縦のシステム――操縦桿がないから、操作に思考のリソースを割く必要がなくなる)
機体の動作に関する操作の全ては、カナタの脳と直結している。普段歩く感覚で足を動かそうとすればSAMの脚が前に出るし、手も同じだ。
首から下の感覚が遮断されてSAMに神経回路が直結しているこの状態は、機械の身体に人の首だけを乗せているようで気味悪くすらあったが――カナタは、違った。
「こ、これが、新しい僕の身体! す、すすす凄いっ、僕、SAMになったみたい……!」
興奮に少年の声は震える。
感覚がないためにだらりと力を失った身体は、魔力により姿勢を保っている。カナタの首も魔力のサポートでヘッドセットを使う以前と変わらない感じであった。
コアとの接続によって解放された魔力が全身に流れ、五感が研ぎ澄まされていく。
澄み渡った視界に映るアスファルトの訓練場を見渡して、少年は歓喜の声を何度も打ち上げた。
「す、凄い、凄い、凄いっ! み、見てよ母さん、僕、本当にSAMと一つになれたんだ!」
母親との絆の象徴が、自分と一つになっている。母親が全ての情熱を注いだSAMと、一体となっている。
機体頭部のスピーカーを通して外へ漏れ出るその叫びに、シバマルは苦笑しつつよく通る声で呼びかけた。
「何となく察してはいたけど、ツッキーってだいぶマザコンだな! お母さんもいいけど、今は【ラジエル】のお披露目だろー!? 乗り心地はどうだー?」
「か、カナタくん、身体大丈夫!? 変なところない!?」
『かっ、身体の方は、大丈夫そうだよ。の、乗り心地は――』
気遣ってくれるマナカに答えながら、カナタは【ラジエル】での第一歩を踏み出す。
人の身体を動かす時とは異なる、脚の重さ。足裏を地面に擦らせながら持ち上げた右足を慎重に前に出し、そして踏みしめた。
『こ、こっちも、上々だよ』
一歩、二歩。地響きを鳴らして歩くごとに、その速度を少しずつ上げていく。
【ラジエル】は1000メートルにも渡る訓練場のフィールドの端から端をあっという間に走り抜き、その通過跡に足跡という名のクレーターを刻み込んだ。
巻き上がる砂煙に生徒たちが目を腕で覆う中――その煙を切り裂いて一筋の光が天へ上る。
『【メタトロン】、機動完了です! さあ矢神先生! とりあえずどでかい的、用意しといてください!』
「りょ、了解だ。こんなもんでいいか」
キョウジはレイの要望に応えて携帯端末を操作し、フィールド上に高さ10メートル、横幅100メートルはある石造りの砦を出現させた。
仮想空間ならではの即席の「的」を見据え、メタトロンと一体化したレイはにやりと笑う。
【ラジエル】が立てた砂煙が晴れ、露見した【メタトロン】の姿にマナカら生徒は目を見張った。
「な、何、あれ……!?」
人の形を模した機械の背後に浮く金の円環と、腕や脚、腹に着けられた同型のリング。太陽のごとく燦然と輝くそれが放つ熱は、近くにいたマナカらを決して寄せ付けない高温だ。
「君たちは離れていなさい!」
攻撃魔法の発動を目前にさらなる高まりをみせる【メタトロン】の熱に、キョウジは鋭く警告する。
だが言われずとも、それが孕む危険さは誰もが本能的に理解していた。レイは全速力でフィールドの端を目指して走り去っていくクラスメートたちを見下ろし、全員が射程範囲外に脱しているのを確認する。
拳を握った両腕を前方に突き出し、その手首で白光を放つ円環を一際強く瞬かせる。
一閃――そして、破壊。
白き極太の光線が砦を正面から穿ち、直後、炎熱の鯨波が砦内の何もかもを押し流した。
爆炎と轟音。黒煙と共に崩壊する砦を遠巻きに眺める生徒たちは、何を言うことも叶わない。
ただ畏怖することしか出来ない彼らを背後に、【メタトロン】の能力を知るキョウジは呟く。
「単なる光線や炎では石の砦を崩壊させられはしない。【メタトロン】の恐ろしさは、その光線が有する高濃度の魔力にある。対象に激突した瞬間、光線内に含まれていた魔力を帯びた粒子がバラバラになり、拡散――その直後、それは爆発を起こすのさ。光線の形をした爆弾だよ、あれは」
「炎」と「光」、さらには「力」属性の魔力を複合したビーム状の魔法――それが【メタトロン】の主砲であった。
一撃で砦を沈めてのけたその威力にもマナカたちは驚愕していたが、次のレイの発言で彼女らはさらに凍りつく。
『まだまだ行けますよ! 今の攻撃で消費した魔力は、ボクの魔力の一割にも満たないですから!』
魔法発動までの
【ラジエル】の駿足で緊急回避したカナタも、その強さに思わず冷や汗を流していた。
しかし――そんな機体にも、欠点は存在する。
一歩前に出ようとするのを阻む、全身に重石を乗せられたような感覚。総重量20トンに迫る巨体を人と同じ感覚で動かすのは、さすがのレイにも至難の業であった。
『たとえ操作に慣れたとしても、俊敏さは期待できそうにないですね。さながら固定砲台――ボクの方が歩み寄って、【メタトロン】に適応する必要がありそうです』
自機のメリットとデメリットを頭に入れたレイは、立ち尽くしている【ラジエル】へ視線を移す。
『今度は君の番ですよ、月居くん! 君と【ラジエル】の魔法、見せてください!』
『う、うんっ!』
白銀の翼を大きく広げ、腰から長剣を抜き放つ【ラジエル】。
キョウジが配置した灰色のボディのSAM――【イェーガー】の前身、【ゾルダート】――を睥睨したカナタは一度深呼吸し、それから走り出した。
足底部のホイールを高速回転させ、急加速する滑走。展開した翼は風を受け、その揚力は機体を制御する魔力と相まって、【ラジエル】を天空へと舞い上がらせる。
『こっ、これが僕の――【ラジエル】の力!』
空を駆け、その刃で風を切る。
烈風を纏う鋼鉄の天使は【白銀剣】を大上段に構え、
『い、行くよ』
ヒュッ――最初に無人のSAMが捉えたのは、空を切る鋭い音。
今のはフェイントか、レイ含む観衆たちの誰もがそう思った直後、彼の「風」は爆発する。
その時【ゾルダート】のカメラに映りしは、天空より大地へと一直線に降りる銀の輝きで――それを視認してからでは、既に遅かった。
『――【大旋風】』
剣が描く斬撃の軌跡を柱として、種であった「風」は芽生える。
激しい風音を轟かせて上空へと屹立する巨大な竜巻。暴れ狂うそれは【ゾルダート】を呑み込み、その装甲を殴りつけて粉砕しながら天へ天へと巻き上げていく。
フィールドのアスファルトや破壊された砦跡をも巻き込んで暴威を振るう竜巻が止んだ後に残ったのは、原型を留めぬ姿で散らばったSAMの遺骸であった。
――「静」からの「動」。一瞬の虚を敵に与えた後、想像を絶する威力の竜巻で攻撃範囲内のあらゆるものを破壊し尽くす天使の裁き。それこそが、月居カナタに与えられた新たな必殺の魔法であった。
『はぁ、はぁっ……ど、どう? こ、この威力なら、『異形』戦でも敵への致命打になりうる、と思うけど……』
モニターに表示される残魔力量を見やり、息を切らしながらカナタは口にする。
【ラジエル】の大技はパイロットからごっそりと魔力を奪い去るのだ。この一撃で消費した魔力は、全体の四割程度。
魔法特化型の【メタトロン】と、量産機を凌駕する高速での駆動を実現し、飛行もできる【ラジエル】。どちらも一長一短で、二機を組み合わせることで初めて戦術的に真価を発揮できる。
『「砲台」であるボクを、「剣士」である君が守って戦う――ボクの魔法と君の操縦技術を掛け合わせ、「異形」に抗うというわけですか。……これからもよろしく頼みますよ、月居くん』
『こ、こちらこそよろしく、早乙女くん。てっ敵への止めの一撃は、きっと君が受け持つことになる。ま、任せたよ』
レイの申し出をカナタは快く受けた。
剣を鞘に収め、右拳を左胸に当てる『レジスタンス』式の敬礼をしてみせるカナタに、レイも同じ所作で応じる。
『ボクたちは他人同士……ですが、互いの実力は二度の決闘でよく分かっています。君がどういう人間であれ、その才能はボクを裏切らないと信じられる』
『う、うん……僕もだよ。き、君の戦いには嘘がない』
互いの心に深入りはしない。必要なのは実力がもたらす信用、それだけだ。
こうして、【ラジエル】と【メタトロン】のパイロットであるカナタとレイの共同戦線は本格的に幕を開けた。
彼らが新たなSAMを得たことによって、『異形』とヒトを巡る戦いの局面は確かに変わっていく。しかし、その変化が目に見えた結果として現れるのがいつになるかは、まだ誰も知らなかった。
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