第99話 梓と神楽坂は隠さない

「神楽坂、好きだ。良かったら付き合ってくれないか?」


「喜んで」


 劇が終わり、舞台袖での会話。


 ――そう、会話。


 お疲れ様、の次に発した言葉がそれだ。


 まるで『水でも飲む?』と問いかけるみたいに綽綽しゃくしゃくと。


 もちろん、周囲には共に演劇を完成させたクラスメイトがいる。


 リアクションは機微まで考慮に入れれば多種多様だが、おおまかに評価するなら、大抵は開いた口が塞がらないといった様子だった。


 心情はそれこそ様々だろう。


 このタイミングで!? という驚き。


 やっぱりこのふたりはできてたんだ、という納得感。


 DランクとSランクだぞ、というやるせなさなど。


 もやもやとした感情が渦巻いて、演劇大成功の喜びと混ざり合い、誠に不思議な雰囲気を醸し出していた。


「おぉーやっとかよ。まあ、拙者には待ちわびる権利なんてないんだろうけど」


「何言ってんだ、風見。どうせお前のことだ。何かしてくれたんだろ? サンキューな」


 俺は奇をてらうことなく、素直に感謝の意を述べた。


 すると、風見は目を見開いた後、ビシッと俺の方を指差してきた。一年生の時みたく、オタクが好きそうなアクションだった。


「おめでとう、梓」


「バカか。らしくないことしやがって……」


 俺は即座に背を見せ、上を向く。


 わけわからん。


 なんで俺は風見に泣かされかけないといけないんだ。


 次々と梓を祝う声が上がる。主にDランクの面々が駆け寄り、祝詞のシャワーを浴びせる。


 ただ、演劇が成功したのは俺たちを目の敵にしていたクラスメイトのおかげでもある。いくらひどい扱いをされてきたとはいえ、それも紛れもない事実。


 いつまでも俺たちだけが囲いを作っているようでは、単に分断されただけにすぎない。


 そう思ったのはどうやら俺だけでなく神楽坂もだったようで。


 彼女はみんなの前に立って言った。


「みなさんのおかげで演劇は大成功しました。思うところは多々あるとは思いますが、これだけは言わせてください。ご協力ありがとうございました」


 深々と頭を下げる神楽坂。


 刹那の間があったが、誰かひとりが拍手し始めると、つられて広がっていった。


 強大な空気を変えるなんて大層な所業は、少なくとも今すぐにはできない。


 クラスメイト全員から百パーセントの祝いの眼差しを向けられていないことがいい証拠。


 おそらく以前の俺や神楽坂なら、その無数の透明な棘に怯えていただろう。


 でも、今は違う。


 向けられる悪意を否定しなくても、隣には傷を分かち合うパートナーがいるのだ。


 神楽坂がいれば悲しみや苦しみさえ胸に抱ける。


「文化祭もまだ時間あるし、ちょっとだけ回るか」


「そうですね」


 神楽坂と手を繋ぎ、歩き出す。


 ふたりならどこまでも歩いていけそうな気がした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【後日談】

暗根「どうでした? 告白できましたか?」

神楽坂「……ん。その、……キスも……して……」

暗根「へー。もうそこまでしたんですか。よく頑張りましたね」

神楽坂「う、うん。あの、暗根が言ってた通り舌を『れっ』ってしたよ?」

暗根「え?」

神楽坂「え?」

暗根「いえ、なんでもないです。続きをどうぞ」

神楽坂「あ、そう? それでね、『れっ』てしたら梓くんも応えてくれてね」

暗根「A☆ZU☆SA君も!?」

神楽坂「なんだか口の中で一緒に踊ってるみたいだった(浮かれて変なこと言ってる)」

暗根「踊ってるっ///」←両手で顔を隠しながら

神楽坂「どうしたの暗根?」

暗根「あ、あの……前に言ったことは、その……冗談で……大変申し上げにくいのですが……初めてで『れっ』は普通しません……」

神楽坂「……」

暗根「小夜様?」

神楽坂「……」

暗根「あ、石になってる」




 次回が最終話です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る