第66話 梓と神楽坂は悩んでいた

 冬の訪れを仄かに悟らせる、11月。


 すっかり冬服仕様の制服にも慣れてきた俺たち生徒は冷たく吹き込む風や、難解になってきた数学の問題などに悪態をつく。


 昼休みの教室では、仲の良い人同士で机を囲んで談笑していたり、英単語の暗記カードをペラペラ捲りながら弁当をつついている人もいる。


 俺、梓伊月は、というと――


「なあ、昨日の――」


「観てない。今、考え事しているからちょっと黙ってて」


「なんだよ、せっかく掘り出し物のアニメを教えてやろうと思ったのに。それより大事なのか?」


「大事」


「即答かよ」


 風見のアニメ談義にかまけている場合ではない。


 俺は風見の話よりも自分の胃袋よりも気になることがある。というか成し遂げたいことがある。


 それは神楽坂を昼食に誘うことだ。


 恋心を自覚してからというものの、少しでも神楽坂と同じ空間にいたいと思うようになった。


 そして、今は神楽坂が昼食時、誰と一緒にいるのかを探っている所だが。


 え?いや、直接は聞かねえぞ。だっていきなり昼飯食べようなんて誘ったらなんて言われるか。


 向こうも不思議がる、いや怪しむに違いない。


 俺は風見の話を聞き流し、彼女の動向に意識を集中させる。


 すると、神楽坂のメイドが2組の教室の前まで来て、廊下で合流しそのままどこかに向かった。


 どこに行ったんだ?


 人によってはストーカーみたいなことを考えてると思われるかもしれないが。


 ひとまず、つけてみようかなどと思案していた。


 誤解のないように言うが、目的を成し遂げるにはまず情報収集からと言うだろう。


 どこで食べてるのかとか、誰と何人で食べているのかとかがわかれば、俺が神楽坂を誘うときに役立つかもしれないという寸法だ。


 我ながら回りくどいとは思うが、普通に訊けるならそうしたい。


 でも、相手が好きだと自覚してしまったら、何をするにも『好き』だからという理由が付きまとってきて、緊張してしまう。


 俺は購買で買ってきたメロンパンに口をつけることなく、この教室を後にしようとした。


「悪い、風見。行くとこできたから今日は昼飯一緒に食べられんわ」


「ああ。神楽坂さんとこ行くんだろ。粗相はするなよ」


「しねーよ――ってなんで知ってんだよ!?」


 風見はドヤ顔半分、呆れ半分の顔で頬杖をついた。


「いや、お前見てたらわかるから」


「マジかよ……」


「にしても相手は高嶺の花なのによく狙う気になったな」


「まあ傍から見たら無謀かもしれないけど、一度手を伸ばしたら……その、止まらなくなったというか……って俺に何言わせようとしてんだ!」


「梓が勝手に言ったんだろ!俺よく狙う気になったなって訊いただけだし」


 風見は気だるげな体勢のまま、ぽろっと呟いた。



「ほんと……頑張れよ……」



「何シリアスな空気醸し出してんだよらしくない。アニメの影響か?」


「俺の取る行動全部がアニメの影響だと思うな!せいぜい6割程度だ」


「過半数じゃん……」


「とにかく!梓は意外とその高嶺の花の花びら1枚掴んでるような状況だろうから、変なことしてマイナスポイント付けられなかったら大丈夫だから!が☆ん☆ば☆れ☆」


「なわけないだろ!どんな強引な励まし方だ!てか花びら1枚だけ掴んでるって逆に器用だな。千切れてない?」


「もー!俺の揚げ足取る暇があったらさっさと行ってこい。神楽坂さんと昼飯食べる約束してんだろ?」


「お、おう。なんだ風見がいつもと違いすぎて心配なんだが。弁当にカラフルなキノコでも入ってたか?」


「食ってたら死んでるから、それ」


 ほら、と風見はしっしと追い払うように手を振った。


 俺は「じゃあ」とだけ残して、教室を後にした。


 それからは案外早急な展開だった。


 神楽坂がどこに行ったのかわからないので、とりあえず彼女がさっき向かった方向に廊下を進んでいると、最初の曲がり角を右折したときにいたのだ、彼女らが。


「うおっ!?」


「ひゃっ!?」


 あまりのご都合展開に驚きを隠せなかったが、神楽坂はそれ以上に取り乱しているように見えた。


 よほどびっくりしたのか、顔も紅潮しているように見える。


 悪いことしたな。


「あ、あの梓くん……き、奇遇ですね。こんなところで出くわすなんて」


「そ、それな!数分前に教室出てたから、神楽坂がまだこんなところにいるとは思わなかったぞ」


「え?なんで私がいつ教室を出たのか覚えて……?」


「あああああいや。たまたま!たまたま覚えてただけだから!」


「あああああたまたまでしたか!たまたまだったんですね失礼しました……」


 くそう、言いたいことがまとまらなねえ。世の恋する男子はどうやって攻略してんだよ誰か教えてくれよ。


「……」


「……」


 お互い何を話せばよいのかわからなくなって、微妙な沈黙が流れる。


 俺は耐えきれなくて、ただ雑に頭を掻く。


 数秒後、神楽坂の隣にいたメイドが呆れたように言った。


「積もる話でもあるようなので、お二人これからお昼を一緒に過ごしたらどうですか?」


「「えっ!?!?」」


 い、いやそれは俺にとっては願ったり叶ったりだけど、こんなに上手くいっていいものなのか?俺あとで風見にいじめられたりしない?


 信じられないと言わんばかりに俺は目を見開いているが、神楽坂も同じように目をパチクリさせていた。


「ちょ、暗根!さっきはああ言ったけどそれはいきなり過ぎというかなんというか……」


 神楽坂がメイドに訴えかけているようだが、だんだん語尾の音量が小さくなっていた。


 というかやっぱりいきなりは神楽坂も嫌だよな。


 俺は神楽坂が断る責任感を負わないよう、こちらからやんわり拒絶しようとしたが。


 メイドは眠たげな眼をさらに眠たげな様相に変貌させた。


「あー私、急用ができましたのでここを離れなくては……。ですから小夜様、今日は梓様と『二人で』食べておいてください」


「ちょ!?暗根さっきは一緒にいてくれるって言いましたよね!?あと心なしか『二人で』のところを強調された気がするのですが」


「もー。腕を引っ張って引き留めようとしないでください。私、野暮用もできたので早くここから立ち去らなくては……」


「急用と野暮用って同時に発生するものなの……?」


「できますから!なので、言い訳せずにさっさと梓様とぺっちゃくってください」


「口わる!?」


 神楽坂が動揺している隙に、メイドはささっとどこかへ消えてしまった。


 その場に残されたのは、呆気に取られている俺と神楽坂のみ。


 このまま足踏みしている場合でもないし、お膳立てでもされたかのように状況が良好なので、俺から言い出すことにした。


「俺も今一人だし、せっかくだから一緒に昼飯食べるか?」


 神楽坂は俯いたまま言った。


「は、ひゃい!あの……。不束者ですがよろしくお願いします……」


「そんなへりくだる必要ある!?」

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