第65話 東雲大地は引き入れたい
「まさか東雲君の方から誘ってくださるなんて、光栄ですわ」
「他意はない。少し話がしたかっただけだ」
「それが嬉しいのですよ」
文化祭最終日、1年3組のカフェで、僕は火暮朝香と密談をすることにした。
客足は盛況で、内装は破壊されたという面影が残っていないほど綺麗だった。しっかりと修繕の成果が出ている。
火暮はオレンジジュース、僕は紅茶を頼んでいて、それらが先ほど店員から渡された。
オレンジジュースも紅茶も市販で売っているものなので、特段変わった味が楽しめるわけでもないが、祭りの空気に当てられて美味に感じる。
ほう、と息を吐いた僕に対し、火暮が疑問を投げかけてきた。
「それで、お話というのはなんでしょうか?」
「君は意外と先を急ぐタイプなのか?」
「いえ。東雲君からのお話なんて気になるなという方が難儀ですわ。私は普段は慎重ですもの」
「あぁ。そうだろうな。今回の火暮の立ち回りも実に慎重なものだったよ」
刹那、火暮はほんとに僅かだが、眉をしかめた。
「立ち回りが慎重?何のお話でしょう?」
「とぼけなくても良い。僕はもう確信している」
一口だけ紅茶でのどを潤してから、カップをカタンとテーブルに置いた。
「木梨、水瀬、金田を裏で操り、神楽坂を貶めようと画策した黒幕は火暮、お前だろ」
すると、火暮は悪魔みたいな微笑を浮かべた。
「どうしてそうお思いで?」
「順に話そうか」
眼鏡をくいと上げてから言葉を紡ぐ。
「まず僕は、木梨の撮った写真を初めて見せられた時点で、木梨が嘘をついていることに気づいていた」
「嘘?」
「まだしらばっくれるつもりか。まあいい。続けさせてもらうぞ」
火暮は表情を変えない。
「火暮はあの写真が何の工作もされていないものだと周りに思わせたかったのだろうが、奇しくもお前の合成写真ではない発言で僕は糸口をつかんだ。神楽坂の姿ではなく時計が合成されているのではないかと」
「なるほど」
「それに写真の空の色も異様だった。19時にしては明るすぎると。僕は普段居残って仕事をすることもあるので気づけたんだが」
「へえ」
「そこまでたどり着けば容疑者は意外と容易に絞れた。まず、時間を偽っている木梨と金田は黒。神楽坂を見たと証言した水瀬もアウトだ」
「私が入っていませんが」
「そこが重要な点だ。今僕が披露したトリックが間違いないとするならば、トリックを思いつく頭脳も、それを実行に移す行動力も持ち合わせていなければならないことになる。そんなものを彼ら無能どもがもっているとは思えんくてな」
「彼らが持っていないとしても、なぜ私なのでしょう?他にもたくさんいらっしゃいません?例えば真昼とか」
「確かに真昼は優秀だな。今言ったトリックなら、あるいはそれ以上に完璧なトリックだって思いつく頭脳を持っているだろう。だが、真昼や木梨らには神楽坂を貶める動機がない」
「……」
「ようやく余裕を帯びた表情に陰りが垣間見えたな。そう。火暮には神楽坂を貶める動機がある」
僕は楽な姿勢を取り、腕を組む。
「僕はこれでもこの学校の理事長の息子でね。さらに、父は人間として腐っていてな。得ようと思えば情報を手にできるんだよ。例えば、火暮は神楽坂の分家で、家族ぐるみの勢力争いをしている、とかな」
「そんなことまでご存じだったのですね。とはいえ、勢力争いなんてずいぶんイーブンな目線で物を言うのですね。実際、火暮は足元にも及ばないほどですよ」
火暮はコップを持ってオレンジジュースを飲もうとするが、手が異常に震えて、コップを落としてしまう。
「あ、すみません!」
店員は後処理をして、一言会話を交わした後、別の客の対応に回った。
「ずいぶん遠い親戚みたいじゃないか。自分は常に神楽坂を意識しているのに、神楽坂本人はおそらく火暮が分家であることを知らないのだろうな」
「もう東雲君には何も隠せないですね」
「常に比べられ劣っていると言われるのは苦しいだろうな」
「『なんでお前は神楽坂のお嬢様みたくできないのか』と叱られることもしばしばありますわね……」
「……親というのは実に勝手だな。子どもを自分の道具とでも勘違いしているのだろうか」
「東雲君に共感していただけるとは思いませんでした」
「共感……別に僕は傷の舐め合いをしたつもりはないんだが」
「共感が傷の舐め合いだなんて、東雲君はずいぶんストイックな考えをお持ちなようで」
「僕は自分がストイックだと思ったことはない。周りが甘いだけだろう」
「……そうかもしれないですね」
火暮は遠い目をしながら、自身の濃紺の髪を弄る。
「というか、東雲君は文化祭の事件の真相に迫れていたのに、どうしてすぐに木梨さんたちや私を糾弾しなかったのですか?」
「君も覚えておくと良い。人を支配するなら弱みというカードはすぐに切らずに取っておくほうが後の圧力になるものだ」
「私の弱みを握るためにあえて泳がせたというわけですか。東雲君もかなりの悪人ですわね」
「終わりがよければ、過程が悪でもさほど問題ではない」
「その考えは嫌いじゃないです」
「火暮の好みに興味はない」
「お厳しいですね。でしたら東雲くんの興味が湧きそうなお話でもしましょうか?」
「したければ好きにしろ。時間はまだあるしな」
「ではそうですね。真昼は今回の事件の知っていましたよ」
「ほう……」
「いや、正確には一度知ったけど忘れてしまったと言った方が良さそうですね」
「真昼は確かに危惧すべき存在だと認識していた。怪しい言動の数々の理由も、証拠はないが推測はできる」
「ちなみにお伺いしても?」
「二重人格といったところか?」
「さすが東雲君ですね。どうしてわかったのですか?」
「身内にいたんだ、二重人格者が。おそらく真昼も二つの人格同士で記憶を正常に共有できていないんじゃないか?」
「その通りですね。真昼の人格は光と闇に分かれています。本人に直接聞いたわけでも医療の知識があるわけでもないので明確なソースはありませんが、傾向を見ていればその特徴が顕著に表れているんです」
火暮は、んんっと咳払いした。
「真昼がいつもあれほど元気で溢れているのは、負の感情が全てシャットアウトされているからでしょう。ネガティブな気持ちを抱かざるを得ない状況になったら、強制的に闇の人格に変わり、記憶が奥に封じ込められるようです」
「であれば、真昼は何らかの方法で火暮たちの計画を事前に知る機会があったということか」
「ええ。それは文化祭5日前のことなんですけど。風紀担当の水瀬さんと作戦の確認をしていたのを偶然真昼に聞かれてしまって。そのとき真昼はまだ私がそんな話をしていると信じられなかったのか、闇の人格は出てなかったです。『追い込む』うんぬんと廊下で叫ばれたときは本気で焦りましたけど、のちに様子を窺ってみたら何があったか忘れていたようでしたので、作戦は中止にしませんでした」
火暮はテーブルの上で固く指を組み、言葉を続けた。
「まあ視聴覚室で実行委員の事情聴取をしていたときに真昼がいきなり『小夜は……!!』と口走ったのはこのまま神楽坂さんが犯人になってしまうという罪悪感が、封じ込めたはずの記憶を一瞬呼び戻しかけたのでしょう。もし戻ったら戻ったで対策は考えていたのですけど、結局闇の人格に軍配は上がったようでしたね」
「そうか」
「どうです?興味は湧かなかったですか?」
「いや、今後の参考にさせてもらおう」
「一体何の参考にするかはわかりませんが……」
「ならお返しに僕からも火暮が興味の湧くことを教えてやる」
「何でしょう?」
「僕は2年生になって正式に生徒会長に就任したら、ある制度をこの学校に設けようと考えている。その際、火暮は僕の生徒会のメンツに加わってもらう」
「もう決定事項なのですね」
「君は逆らえる立場なのか?」
「そのための弱みってことですね。でもどうして私なのです?それこそ神楽坂さんの方がお役に立てるのでは?」
「神楽坂はいささか正義感が強いと見受けられる。彼女を手中に収めても僕の思い通りに動いてくれないのは目に見えてわかることだ。それに――」
「それに?」
「神楽坂は火暮と違って優秀過ぎる。有能な人物は嫌いではないが、限度が過ぎると手綱が効力を持たない。中途半端に頭の回る人間が最も扱いやすいものさ」
これだけ堂々と侮辱しても火暮が逆上しないのは彼女が自分の感情をコントロールするのに長けているからだ。
僕だから気づいたものの、その他の人間は文化祭の事件の黒幕が火暮だったことを知らない。それは、彼女がほぼ完璧に隠密できたことを示している。
あと評価すべきは火暮の、人の悪意に付け込んで説得し操る能力だな。
理事長から仕入れた情報だが、木梨、水瀬、金田は文化祭が終わると転校することがすでに決定しているらしい。
あまりに手が早いことから推測するに、もし作戦が失敗したときのために転校の目途は予め立て、具体的な逃げ道を提示していたのだろう。
人がメリットを求めるよりもデメリットを避けようとする心理を狙ってのことだな。
そして、おそらく彼らの動機は実行委員や生徒会を乗っ取った僕への当てつけか何かだろう。火暮がどう丸め込んだのかはわからんが、彼らが悪事に手を染める動機といえばそれくらいしか思いつかない。
僕は嘲笑にも似た笑みを浮かべ、言った。
「今までの立ち振る舞いを鑑みて、僕は火暮のことをある程度は評価している。だから悪いようにはしない。僕に飼い殺されてみないか?」
「私は誰かの下に付くのはお断りです。せめて共同戦線くらいなら――」
「そうだったか。あのとき僕に一目惚れをしたと言っていたから尽くすのが好みなのかと思っていたが……」
「あれは――!」
「あぁ、わかってるさ。僕のことも手駒にしようとでも考えていたのだろう?全く舐められたものだな」
「あなた、どこまで……」
「君はやることなすことが全て浅いんだ。だから中途半端なんだよ」
僕は残っていた紅茶を全部飲み干した。
「僕に飼い殺されるというのなら、いつかは神楽坂を追い詰めることに手を貸してやるのもやぶさかではないが」
「…………わかりました。そういうことでしたら仕方がないので飼い殺されてあげます」
「それでは忠誠心が足りないな。飼い殺してください、と言え」
「は?なぜそんなことを私が――」
「君は虐げられるのが性癖なのだろう?そうやって強がっているのを見ると、余計に言わせたくなる」
「あなた、やっぱりSっ気ありますね……」
「どうした、顔が赤いぞ」
「ちがっ……?!こ、これは……」
「性的嗜好は人それぞれで、僕はそのどれもを否定するつもりはない。さあ、遠慮なく言ったらどうだ。いじめられて悦ぶこの変態を飼い殺してください、と」
「さ、さっきよりも余計なセリフが増えていますわよ!」
「君はさっきよりも顔が赤くなってるが」
「ッッッ!?!!?」
「言わないならこの話は白紙に戻そう。時間がもったいない」
僕は店員を呼んで会計を済ませた。
さっさとカフェを出たのだが、後ろから火暮が追いかけてきた。
「し、東雲君!わた、じゃなくって。こ、こ、この変態をか、飼い殺してください!」
普通に廊下でそう言ったので、周りで聞いていた生徒は多少ざわついた。
「時と場所を考えろ、鈍間」
「ひうっ!」
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次話からは梓と神楽坂がまたしばらくラブコメをしていくつもりなので宜しければ見守っていだだけると幸いです。
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