第18話 神楽坂小夜は渡したい

 俺は注文された商品を神楽坂達のところまで運び終え、テイクアウトの割りばしやスプーンなどを準備しに戻る。


 まだ客は神楽坂達以外は来ていない。


 黙々と作業をしていると、片山さんがコソコソと話しかけてきた。


「なあ、梓。あの子たちってお前の知り合い?」


「まあそうですけど。それがどうかしましたか?」


「めちゃくちゃ可愛いじゃねえか!オレにも紹介してくれよ~」


「紹介って……俺もそこまで詳しくないっていうか……」


「嘘つけ~、あんなに仲良さそうに話してたくせによ~。じゃああの黒髪の子の連絡先だけでも教えてくんない?」


 神楽坂を片山さんに。


 片山さんは見た目こそヤンキーだが、悪い人ではないことは十分わかっている。


 なのに、神楽坂を取られてしまうのではないかと思うと、連絡先を教えるのはどうしても億劫になる。


 そんなおこがましい考えを働かせていたからか、俺は宙に浮いたような対応をしてしまった。


「あーえっとそれはその……片山さんが嫌とかそんなんじゃないんですけど……それはできないというか……」


 俺のふわふわした返事を聞いた片山さんは悪戯に笑んで、一人で納得したような素振りを見せた。


「あーーなるほどな。ったくそういうことは早く言えってんだ」


「急にどうしたんですか?」


「梓、あの子のこと好きだろ」


「ゴフッ!?!?」


「アッハッハ!わかりやすすぎんだろ。オレも小学生のときはそんな反応してたんかなー」


「小学生と比べられる俺って……」


 俺、そんなにわかりやすいのか。暗根にも前に指摘されたし。


 神楽坂にバレてなきゃいいけど。


 恥ずかしくて熱くなった顔を思わず隠した。


 片山さんはひとしきり笑い終わると、今度は目尻を指で拭いながらこう訊いてきた。


「じゃあ梓はあんな可愛くて、しかも好きな子と仲良いのに、日曜の昼間っからバイト入れてんのかよ。アホなのか?」


「アホ言わないでください。神楽坂と遊びに行けって言いたいんですか?」


「よーわかってんじゃねえか。なんでそうしねえんだよ」


「なんでって、それは俺が彼女にふさわしくないからですよ。俺はちっぽけすぎるんです」


「なーに辛気臭い顔で悟ってんだよ。ふさわしいとかは自分じゃなくて相手が決めることだろ?走り出す前に自分で足の骨折ってどうするよ」


「そういうものですかね……?」


「そーゆーもんだって。オレなんて全身複雑骨折でも走り続けてるぜ」


「痛そうですね」


「ああ、痛いぜ。でもそういうもんだろ?恋愛って」


 俺は虚空を見つめて真剣に思案する。


 片山さんの言ったことがわからないわけではない。むしろ一つの解だと俺も思う。


 でも、その解は俺には当てはまらないのではないだろうか。


 他の高校だから知らないが、片山さんは少なくともカーストという狭い箱に苦しめられてはいないのだろう。


 だから傷ついても何度でもチャレンジできる。


 しかし、俺たちの学校には明確なラベリングがされているし、その上、底辺な俺に対し、神楽坂は頂点に君臨するお嬢様。


 この差を常日頃目の当たりにする環境においてどういう心持で踏み出していいのか、今の俺にはわかりかねるのだ。


 それにどうしてもがよぎってしまう。


「おーい梓ー。聞こえてるかー?」


 ボーっとしていた俺を訝しんで、片山さんは手のひらを目の前で振ってきた。


「あー。大丈夫です」


 意識を現実へ戻すと、「さっきの話の続きですが」と言って俺は言葉を続ける。


「日曜のバイトを俺の都合で抜けるのはできないですよ。ただでさえ人少ないんですし」


「微妙に話逸らしやがったな」


「で、どうなんです?」


「んなもんオレが梓の分まで勤務入ってやれば済む話だろ。それに店長に言えばきっと『若さを無駄にするようなことはするな』とかババアみたいなこと言って許してくれるって~」


「片山~。後で30代女性の恐怖を味わわせてやるから覚えとけよ~」


「なんで聞こえるんだよ地獄耳かよ」


 片山さんはブルブルと肩を震わせる。


 が、まあいいか、みたいな表情で咳ばらいをし、俺に言葉を送ってきた。


「とにかく梓は何も心配することはない。というか心配し過ぎなんだよ。わかったなら明日でもいいから神楽坂ちゃんを遊びに誘え!梓から!」


「え!?ちょっマジですか?」


「もー強情だな。好意を隠すのはてめぇーの都合だろ。内に秘めるだけってのは相手にも不誠実なの。あーゆーあんだーすたんど?」


 最後のは文法的にareじゃなくてdoだろとか発音が日本語っぽいとか思ったりはしたけど、それ以上に片山さんが俺のために必死になってくれてることが十分伝わってきたので、俺はそれに応えることにする。


「わかりました。とりあえず頑張ってみます……」


「よし、その意気だ!じゃあオレいっぱい梓のこと励ましたから、茶髪の子の連絡先ちょうだい」


「それが狙いかっ!」


「あたりめーだろ?オレが打算なしに動くとでも?」


 ほんとちゃっかりしてるよなこの人、と頭の中で嘆く俺。


 それにしても暗根か……。あいつ恋愛とか興味なさそうだし、妙な真似したら俺が被害被りそうだから気乗りはしないな。


 そう考えた俺は妥協案を片山さんに提示する。


「俺からはちょっと……。なので、片山さんが直接訊きに行ってください」


「お。梓から許可貰えたー。じゃあちょっくら行ってくるわ」


 そう言い残して、片山さんは颯爽と暗根の方へ向かっていった。


 何のためらいもなしに話しかけられる辺り、さすがだなと思う。


 そして、約一分が経っただろうか。


 片山さんが戻ってきた。


「オレ……アノココワイ……ユルシテ、ゴメンナサイ……」


「何があったんですかっ!?」


 彼はたいそうやつれた様子になって帰ってきたのだ。


 暗根に何を言われたのだろうか。少なくとも、全身複雑骨折レベル以上のパンチを数度食らったのは間違いないだろう。


 お気の毒に……と心中で呟くと、片山さんが弱々しい声音で伝言があると言った。


「『至急梓様を連れてきてください。そのくらいなら紙ぺらのあなたでもできますよね?』だそうだ……」


「ほんと何があったのっ!?」


 もたもたしていると、俺まで暗根にフルボッコにされそうだと考え、早足で暗根たちの下へ歩を進める。


「どうかしたのか?」


「まず謝罪してください。何ですかあの軽薄な男は?」


「えっとー。神楽坂、暗根は何を言ったんだ?」


 俺は目線を暗根から神楽坂へ移動させると、神楽坂は悪寒で凍えるように体をひどく震わせ、怯えた言葉を紡いだ。


「そ、それはこ、怖くて私の口からはお答えすることができません……」


 ほんと何言ったんだよ、こいつは……。


 俺が明確に恐怖していると、暗根は「まあそれはもういいです」とあっさり切って、無言で神楽坂に目配せする。


 ん?なんだ?


 神楽坂は口をもにゅもにゅさせているだけで、そこから言葉が生まれているわけではなかった。


 俯いた顔も可愛いとか馬鹿なことを俺は思ったりもしたが、この空間には確かな気まずい沈黙が流れている。


 だが、その間がかえって。


 俺にあることを言わせる勇気と心の準備を整えさせた。


 口が乾いていくのを感じる。


 酸素と緊張を含んだ血が脳に集まる感覚を覚える。


 言うぞ。


 そう覚悟してから言葉になるまではそれほど時間を費やさなかった。


「あのっ!」「あのねっ!」


 俺と神楽坂の言葉が重なった。


「「あっ」」


 俺は唇を舐め、再度言葉を口にするが。


「今度の日曜日、俺と遊びに行かないか?」「今度の日曜日、私と水族館行きませんか?」


「「えっ?」」


 なんか、ずっと神楽坂と被るんだが。


 固まったままの俺は目だけを動かして、彼女が二枚のチケットを持っていることに気が付いた。


「それって……」


「こ、これはね……友達から譲り受けちゃって。その、……とどうしても行きたくて……」


「ん?」


「……だからっ!あ、梓くんとなら行ってあげてもいいかなって……」


「そ、そうなのか……」


「あ、す、すみません……言い方がきつかったですよね……」


「い、いや俺は気にしてないよ」


「ほ、ほんとっ?良かったぁ~」


「ッッッ!!?!?!!」


 完全に心をやられた。神楽坂が両手で鼻と口を覆って、全身が溶けたかのように流れ出た甘い声に。


 情けないかな。


 俺は照れを隠すのに精いっぱいで、目を逸らしながら、


「じゃ、じゃあ詳しい日時と集合場所とかはまた後で連絡する」


 と言葉を吐き出した。


「わ、わかりました。楽しみにしていますねっ」


 限界だった。


 必死に俺は仕事場の方へ振り返って歩き出したのだが。


 込み上げる嬉しさを抑えきれる気がせず、それがせめて背中には出ないように努めていると、片山さんは黙って親指をグッと上に突き出してくれていた。


「困ったことがあればいつでもオレを頼ってこいよ」


「人生の先輩として色々とお話を聞きたいです」




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次話から水族館デート編スタート〜!

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