第8話 梓伊月は趣味を話す

「ほら。できましたよ」


「うわ。めちゃくちゃうまそうだな」


 ズラッと食卓に並んだのは白ご飯とわかめのみそ汁、小鉢に入ったきんぴらごぼう。


 そして、色とりどりの付け合わせと共に皿に乗った今晩のメイン、ハンバーグ。


 真っ白いお皿に色合いがいい付け合わせが乗っているからか、ハンバーグがより美味しそうに見える。


 程よい香ばしさが鼻腔をくすぐり、空腹が余計に意識される。


 ぐうぅ~~~~。


 こんなふうに……って今の俺のじゃないんだけど。


 この家には二人しかいないので、俺じゃないとなると必然的に音の発生源がわかるわけで。


 チラッと目だけで確認してみると、神楽坂は恥ずかしそうに顔を俯けていた。


 まあ人に聞かれて、ましてや女の子だしいい気分はしないよな。


 こういうときどうしたらいいかわからないが、あんまり突っ込まない方がいいだろう。


 そう思い、何事もなかったかのように振る舞うことに徹する。


「なあ、もう食べていいのか?」


 微妙に俺のテンションが高かったのか、神楽坂は多少びっくりした様子だったが、スッと腰を下ろすと、うんうん、と無言でハムスターみたいに何度も頷いた。


 ちょっと可愛い……。


 じゃなくて!


 神楽坂がいるからか、俺はいつもより妙にかしこまった気分で、手を合わせた。


「「いただきます」」


 俺はついいつもの癖で、初っ端、メインではなくきんぴらから食べてしまった。


「てっきりハンバーグから食べて感想をくれるものかと……」


「いや、なんかな。昔、テレビで野菜から食べると健康に良いって聞いてから、最初に野菜食う癖がついちゃってな。なんかそういう経験とかないか?」


「私はその……家の方針でテレビとかはあんまり拝見していなくて。すみません……」


「いやいや、そんな気にすることじゃないって。お前が今まで色々頑張ってきたのはなんとなくわかるし。この料理だってそうだろ?」


 俺はようやくハンバーグに箸を進める。


 そのふっくらとした肉を箸で割った瞬間、中から明らかに旨そうな肉汁が溢れてきた。


 口に入れやすい大きさに切ってから、それを口に運ぶ。


「え、う、うますぎる!なんだよこれっ!?今までで一番美味い」


「そんな……言いすぎですよ」


「いやいや、ほんとだって!肉の旨みとかふっくらとした食感とか。あとこの上にかかってるソースがすごい。一体何で作ったんだ?」


「それは焼いた時に出てきた肉汁とケチャップととんかつソースを混ぜて作りました。私の技術だとこの家にあるもので作ろうと思ったらそれくらいしか出来なくて」


「す、すげえ」


 何がすごいって、焼いた時に出てきた肉汁を使うとかいう発想が生粋のお嬢様の口から飛び出たっていう事実な。


 完全に主婦じゃん。


「俺って今までものすごくレベルの高い弁当食ってたんだな」


「このくらいなら私じゃなくてもきっと作れますよ」


「いやーないんじゃないか。俺、神楽坂の弁当なら毎日会社の仕事とか頑張れるんじゃねって感じするし」


「仕事っ!?え……それって、同せ……」


「あ。もちろん仮の話な」


 作ってくれたら幸せだろうが、俺が社会人になっても神楽坂が弁当作ってくれるなんてありえないし。


 ていうかそれ同棲してるみたいだし、ありえんありえん。


 一瞬、エプロン姿の大人神楽坂が笑顔で「ゴミ出しもお願い」って言って、会社に行く俺を送り出すシーン思い浮かべちゃったわ。


 ひと時の妄想をありがとな。


 ふと意識を現実に戻すと、神楽坂はがっかりというか茫然というか。


 そういう気の抜けたような顔をしていた。


「かり……かぁ」


「ん?何か言ったか?」


「いえ、なんでも」


 それから晩御飯を楽しみつつ、談笑すること十数分――


 実はアニメ、ラノベオタクな俺にちょっとした危機が訪れる。


「梓くんって前に本をよく読むって言ってましたけど……具体的にどういうのを読むんですか?」


 趣味に踏み込む質問だ。


 オタク趣味だと、どうしても口外するのを憚られる。


 もし、神楽坂に幻滅されたらと思うと、なかなか言い出せなくて。


 神楽坂とは親しくなりたいと思ってはいたから、いずれしなければいけなくなるとは予想していたけど。


 まさか、こんなタイミングとは。


 とりあえず最初はふんわりと答えておくか。


「んー。え、えっと……れ、恋愛もの、とかかな」


「なるほど。恋愛が絡んでいる物語はよくありますが、恋愛中心の物語はあまり読んだことがありませんね。気になります」


「お、おうそうか……」


 絶対神楽坂が想像しているのと違うやつだ。


 俺が読んでいるのは甘々系のラブコメのラノベだし。


 心の中でどう会話を繋げるか悩んでいると、神楽坂はよほどこの話題を続けたいのか、さらに言葉を連ねた。


「ちなみに私はよくミステリーを読むのですが、最近はウィリアム・アイリッシュの『幻の女』が良かったですね。梓くんは知っていますか?」


「い、いやそれは知らないかなー、うん」


「そうですか……」


 何がそれはだよ。ラノベしか読まないからそれどころじゃねえよ。


 ここが学校とかなら適当に誤魔化すこともできるだろうが。


 生憎、俺の家であり、ラノベがこれ見よがしに陳列された本棚がある俺の部屋もすぐそこだ。


 万一を考え、ここはもう正直に打ち明けた方がいいだろう。


「す、すまん。俺がいつも読んでいるのはライトノベルっていうジャンルの小説でな。いわゆるオタクっぽい内容でさ。多分、神楽坂が読まないものだと思うんだ。だから、その……神楽坂が喜ぶ話はできない」


 怖い。オタクなんて聞いたらキモイとか思われるかもしれないし、実際口に出されるかもしれない。


 そうなったら俺はもう死んでしま――


「どうして、私が喜ばないと思ったんですか?」


「へ?」


 一瞬、神楽坂の言ったことが理解できなかった。


 が、続いた言葉が間違いではなかったことを証明してくれた。


「オタクって知られたら忌避されるとでも思ったんですか?言いましたよね?私は私自身が見て判断したものしか信じないと」


 そうだった。なんならさっき屋上で俺は覚えていたじゃないか。


 神楽坂は優しく言葉を続ける。


「それに、梓くんの新しい一面を知って私が喜ばないわけがないじゃないですか」


「ッッッッッ!!」


 どこまでも白くて真っすぐだなと思った。


 こんな奴が世の中で溢れたらいいのにと。


 神楽坂の内面に向き合おうとするところを目の当たりにするたびにそう感じる。


 そんな神楽坂は何かを取り繕うように手を顔の前であたふたさせた。


「い、今のセリフには特に他意はありませんからねっ!」


「あ、ああ。だろうな……」


 何をそんなに慌てることがあったのだろうかと不思議に思っていた矢先。


 ふうと息を吐いた神楽坂が尋ねた。


「あとで本、見に行ってもいいですか?」


「お、おう。問題ない」


 その肯定が俺の人生初、女子を部屋に入れるイベントであったことだと気づくのにそれほど時間は費やさなかった。


 後に買ってきたたい焼きを二人で食べてから、俺の部屋へと入っていった。

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