第2話 神楽坂小夜は食べさせ合いたい
ポカポカと子供みたいにのんきな太陽の下、屋上のベンチで梓くんと並んでお弁当を食べている。
梓くんとは彼の拳三つ分くらい離れていて、これがもう二つ分くらい縮まらないかなーとか彼の手を握りたいなーとか考えていて……
ってなんて想像してるの私はっ!
さっきも勢いで「あーん」なんてかわい子ぶったようなことしちゃったし。
梓くんに嫌われちゃったらどうするのよ。もうっ。
気が緩んでいますよ、神楽坂小夜。
私はいついかなる時でも堂々としていなくてはならないんです。
で、でも。
梓くんの顔見た瞬間、自動的に私のその、き、気持ち?
す、好きって感情が顔に出そうで……
「神楽坂、ちょっと顔赤くないか?」
「ひゃあ!」
「え、な、なに?」
「い、いえなんでもありませんよ。多分日差しのせいではないでしょうか?」
「いや、一応確認しとかねえとダメだろ。ちょっとおでこ触るぞ」
「ひゃあ!」
「わっ。今度はなんだよ」
「え、その……いきなりだったからつい……」
「す、すまん……でも熱はなさそうで良かったよ」
「心配してくれるんですね」
「は?そんなの当たり前だろ?」
梓くんの即答を聞いて、私はそっと頬を緩めた。
梓くんは私を見ていてくれている。
一年のときからそうだった。
私がお嬢様なのをみんな知っているから、誰も踏み込んだことを話してくれないし聞いてもくれなかった。
みんな私のこと強い子だと思ってる。
そんな中、彼だけは違って私を弱いって言ってくれた。
そのときから、図書室とかで静かに話すようになった。
もし、私が梓くんに好きって伝える時が来たら、あのときの話を語り合えるだろうか。そうだったらいいな。
「おーい。神楽坂。どうした?」
「へ?あ、ごめんなさい。少し考え事していました」
どうやら無心で懐古していたら数秒経っていたようだ。
早く何か話さないと、気まずい!
「あの、普段梓くんに対してきつい言い方になっているのは本当に申し訳なく思っています」
「あれは周りからの変な勘ぐりを避けるために俺が頼んだことだし神楽坂が気に病む必要はないよ」
「で、でも」
「神楽坂が悪いんじゃない。悪いのは人を縛るカーストなんだよ」
フォローしてくれるのはすごく嬉しい。けど……
「じゃあこの学校でSランクの私のこと、正直微妙だって思ってたりしますか?」
こればかりは不安で、梓くんの目を見れない。
雨に濡れた犬みたいに怯えていると、彼は温もりを含めて答えてくれた。
「君はあれだ。例外なんだよ。前に言ってくれただろ?『私は私自身が見て判断したものしか信じない。誰かが貼ったレッテルなんて無意味です』って。あれ、結構嬉しかったんだよ」
そんな前に言ったこと覚えてたんだ。懐かしささえ感じるのに。
そう思うと、おかしくなって私は「フフッ」と笑みをこぼしてしまった。
「俺、なんかおかしなこと言ったか?」
「いいえ。ますます、す――」
好きと言いかけて、慌てて口をつぐんだ。
バカなの?私ってとんでもないバカなの?いつもならもっと落ち着いているのに。
梓くんの前だとどうしても取り乱しちゃうのどうにかしたい。
誤魔化すように咳ばらいをし、私は「んっ」とだけ言って口をつきだす。
「え、何?」
「卵焼きが食べたい」
「自分で食べれば?」
「卵焼きが食べたい」
こうすれば梓くんは折れてくれるの、私知ってるよ。
これでもこの学校で一番梓くんを見ている自信あるから。
狙い通り、彼は察したような顔で卵焼きを箸で掴みにいく。
自分で食べるときは一個まるまる一口で食べちゃうのに、私に食べさせるからか卵焼きをひと口大の大きさに切ってから私の口に運んでくれた。
彼の優しさってこういうさりげないところに転がっているからみんな気づかないのよね。
私だけが知っているという嬉しさにまた口角が上がりそうになる。
だめよ。私の好きって気持ちが梓くんにバレていいのはまだ先。
彼や私がカーストの苦しさから脱却できていない間は絶対。
なぜならSとDランクは釣り合わないというレッテルを貼られているから。私がレッテルを気にしなくても周りが許さないのだ。それを無視すると、梓くんが傷つけられてしまうだろう。
それだけは避けないと。
ここで恋心に気づかれたら梓くんが気まずくて私から距離を取るかもしれない。もう二度とこうして一緒にお昼ご飯を食べられないかもしれない。
だから、いつか来る解放のときまでこの居心地のいい関係を続けたいの。
私の恋はバレてはいけない。でも彼がどこかに行ってしまわないように私のことだけを見させる必要もある。
上等です。
この神楽坂小夜。今までの人生で負けた勝負は一度もないの。
このくらいの難易度の方が盛り上がってく――
「はむっ」
「どうだ。甘くてうまいだろ?神楽坂の卵焼き」
「お、おいひいです……」
卵焼きの甘さを共有できたのが嬉しかったのか、梓くんは狐みたいな笑顔を浮かべた。
「にしても神楽坂ってほんと料理上手いよな。晩御飯も食べたいくらいだよ」
「じゃあ作りに行きましょうか?」
「へ?」
あ、驚いてる驚いてる。確かに、こんな簡単に晩御飯を作りに行くなんて女の価値を下げそうだけど、今のは梓くんから話を振ってきたんだし。
それに、引かれても冗談だと言えば問題なし。
「晩御飯です。そんなに言ってもらえるなら毎日作りに行ってあげると言っているんです」
「え?本当にか?その……めちゃくちゃ嬉しいんだが、さすがに悪いって」
ほーらやっぱり。男の子はまず胃袋から掴めって本当なのね。暗根(メイド)が言ってた通りだわ!
けど……その、そんな手放しに喜ばれるとこっちも照れるというか何と言うか……
もう好きって言っちゃいそう。(口を両手で押さえて耐える)
「あれ?梓くん。顔赤いけどもしかして照れてるんですか?」
「ちがっ!?これはただ晩御飯もうまいものが食べれると思うと楽しみになっただけで!照れるとかそういうのじゃないからっ!」
「冗談ですよっ」
「ッッッッッッ!?!?」
効果抜群だわ!!私が本気でうれしくなっちゃったのは置いておくとして。
時には冗談めかすのがいいって本当なのね。暗根が(以下略)
「じゃあ放課後までにチャットで梓くんの住所送ってもらえるかしら?」
「え?なんで?」
「なんでって私があなたの家を知らないからよ」
「いや、それはそうだけど……まあわかった。送っとくよ」
「いまいち歯切れの悪い返答ですね。何か不都合でも?」
「いやいいんだ。とりあえず俺が家に着いてないと神楽坂は家に入れないから早めに帰れるようにしておく」
彼は片手を顔の前でフリフリと振って回答を濁した。
気になりますけど、まあそれほど重大ではないのでしょう。
「わかりました。では残りのお弁当を食べて、次の授業に備えましょうか」
「ああ。じゃあ、ほら」
「ええ?」
「ええ?って食べさせてほしいんじゃなかったのか?」
「一度限りのつもりだったんですが……」
私が目を丸くしていると、梓くんは明らかに動揺して目を泳がしていた。
「ああああそか。そうだよな。あはは。おっかしいなー俺。よし、切り替えて食べようぜ」
「あ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「……別に食べないとは言ってません。食べさせたいなら早くそのタコさんウインナーをください」
「お、おう」
梓くんが半ば気圧されつつ差し出したウインナーを髪が当たらないよう、耳にかけてから咥えるように頬張った。
「んっ……おいしいです」
「そ、そうか……良かったな」
「じゃあお返しです」
そう言って私は卵焼きをあーんしてあげた。
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