影法師
「何遍やってもおっこちるんですよ」
月を見上げて彼は云った。
「あの月めがけて、何遍も昇っているのですけどねぇ。どうしても、途中で、落ちるんです。どうすればいいのでしょう。知っていますか、先輩」
じぃっと月を見ていたその瞳が私を捉える。彼はにたりと笑った。私は何故か動けない。
「ほら、やはり先輩は、分かってくれると思っていましたよ」
一体、何を。声にならない疑問が溢れ出す。彼は何を云っている、のだろうか。 足元を御覧、と彼は目線を下げた。月明かりによってつくられた、二人分の影がそこにはある。
「私はどうも、これのせいだと思うんですよ。私が月に昇れないのはこれが地にくっついているからではないかと。でも生憎これを剥がす方法を私は知り得ない。そこで先輩の知恵をお借りしたい」
どうすれば良い? 彼はその場にしゃがみ込んで自分の影に触れる仕草をする。(その指が触れるのは冷たい土ばかり、だが)
「こう、ぺりっと剥がせないものですかね」
夜の闇に染まっていた彼が、少しずつ月に照らされる。 そこで、ようやく私の口は動いた。
「それ、」「はい?」「どうしたの」
自分でも馬鹿みたいな問いかけだと思った。彼は少しだけ落胆したような顔をする。
「先輩は分かってくれると、思ったのにな」
夜の色で気がつかなかったが、彼の服はどす黒く染まっていた。
「先輩、どうしたら影は無くなりますか」「ねえ、待って」
彼は私との距離を詰める。遠くから波の音がした。
「私は自分が人を殺める姿を、自分の影越しに見た。それは、あまりにも醜い。私はこの影がある限り醜いままで、昇天なぞできやしない」
だから、何遍やってもおっこちるんですよ。あの月めがけて、何遍も昇っているのですけどねえ。
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