スマートな仕事

 彼が知らない女の子とショッピングしているところを目撃した。


 楽しそうにお洒落な雑貨屋に入っていく二つの背中を向かいの建物から黙って見送る。ドラマや映画だったら、こめかみに青筋を立てながら問い詰めたりするのかしら。


 私は感情を失ってしまったかのように思考をやめた。浮気を許すつもりはないのだけれど、行動が伴わない。手元のスマートフォンの通話アプリを起動させても、画面が消えるまで言う事が思いつかずにいた。


 今回も駄目だったな。恋愛が上手くいかないのは私の運命なのかもしれない。可愛い子だった。さようなら。


 心の中で別れの言葉を唱えその場を去ろうとした時、彼がいる向かいの建物から女性の悲鳴が響いた。もう一度そちらに目を向けると、全身黒ずくめの男が建物から走り去って行くのが見える。


 集まり騒つく人波をかき分けて雑貨屋に近づくと、彼が蒼白な顔をして横たわる可愛い子に声をかけていた。可愛い子の腹部に刺さったナイフ。


 通り魔だ、と彼は言うが、白昼堂々店の中で一人だけ刺して何もとらずに逃げるなんて実にスマートな仕事ぶりだ。彼は立ち尽くす私に気付くと泣きそうになりながら救急車を呼ぶよう縋り付いてきた。私は困った顔をして言う。


「ごめん充電切れてるんだ」

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