ギリシャの庭
晴れ時々雨
第1話
こんにちは、アポローンです。
今日も日課として家の周りを探索に行ってきました。荒らし者がいないか警備も兼ねているのですが、今朝のパトロールは順調そのものでした。しかしです。あまり順調過ぎるのも彼女の機嫌を損ねる場合があるので、そりゃあもう庭中隈なく、縁下からガーベラの下草の中まで分け入って異常がないかチェックするんです。見つけ出すと言う感じで。
一通り調査を終えると、朝の日光浴で芝の上へ降ろされた彼女の元へ報告に行くのです。彼女とは僕を統括、といっても僕しか調査員は在籍していないのですが、ま要するに平たく言うと飼い主なわけです。
彼女は車輪を持つプシュケーの上で僕を待っている。二本の足は動かすことが出来ないので、僕が毎朝こうして彼女になにか変わったことはなかったか報告するのです。
彼女の足は二本とも象牙でできていました。よく知ってると思うでしょう象牙なんて、一介のつまらぬ生き物の分際で。生憎知ってるんですよ。僕はもう何年も生きていて、彼女がどこからやって来たかさえ知っている。彼女は宇宙人です。ある朝突然奥さんの腕の中から現れました。
暫くどこかへ行っていた奥さんはある朝帰宅し、その腕に純白の清潔な布でくるまれた何かを抱え、僕に掲げて見せました。なんだかとんでもなく暖かい匂いのする包みの中を覗き込むと、それは目が潰れるくらいに輝き、僕の瞳孔は一瞬蒸発しました。
宇宙船は、僕の預かり知らぬうちに奥さんのところへ飛来して、輝くマシュマロを落として行ったのですね。
マシュマロだと思っていた物は人間だったのですが、もしかしたらそうかなと思う頃には、僕はすっかり彼女の下僕になっていたわけです。なんでしょう、彼女には王の風格がありました。
マシュマロから手足が生えた頃、彼女は四本足でしたが殆ど前足しか使わず、後ろ足は機能していないようで胴体から床に棚引き、歩くと左右に揺れました。奥さんと旦那さんは始終彼女を抱いて移動していましたが、最近になり車輪つき椅子に彼女を乗せるようになって、彼女は一人で庭に出ることができるようになったのです。
彼女はこの椅子にプシュケーという名前を授けました。
生き物の種類が違うので仕方のないことですが、家族たちと僕は言葉が通じ合えません。ところがどういう訳か彼女だけにはほぼ正確に伝わります。まだプシュケーを使役し切れていない彼女に、僕は僕の目でしか見られない物の情報を教えてあげることにしました。それが僕にとってどれだけ嬉しいことかわかりますか。
しかしその事を喜び過ぎたのかもしれません。いつの間にか教える側から立場が逆転していました。不思議です。王の気質によるものでしょうか。今では報告が遅くなったり、内容が薄かったりすると彼女の機嫌を害するのが申し訳なくなり、僕の仕事はただの親切な行いから任務にまで重いものになりました。
報酬は彼女の満足気な顔。
両親から与えられた象牙の足に額を擦り付けて、彼女を満足させたい気持ちを更にアピールします。
まだ前足だけで歩いていた頃に散々引っこ抜かれた髭も、グレードアップした王の品格を以て上手に撫でられるようになりました。
今日はアゲハチョウが散歩していましたよ。そう言うと彼女は顔を上げ空を眺めます。
プシュケー姿はいいですね。彼女が他に気を取られてじっとしている隙に、膝に飛び乗ります。そこで丸まって昼寝をする、この上ない悦びを感じながら。
ギリシャの庭 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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