第5話 名前で呼んで!


  池畔のベンチに腰かけて、桜を眺めながらは楓と話をする。


「昔は今頃桜が咲いてたんだってさ」


「そうなんですか?」


「うん」

 俺の前世の記憶でも、入学式が桜の時期……妹が桜舞う中、お洒落な服を着て真新しいランドセルを背負い俺に笑顔を向ける映像が、記憶がある。


「じゃ、じゃあ……ここは時代に取り残された場所って事?」


「いや、池の側で気温が低いからじゃない?」


「……ああ!」

 どうにもこの娘は天然っぽい……元気一杯の天然娘……。顔立ち体つきは前世にそっくりなんだけど……性格迄は思い出せていない。


 ちなみに生まれ変わった姿形は、前世の頃によく似ている事が多い。

 俺はこれには二つの仮説を立ててある。


 一つは記憶の改竄だ。

 前世では違っていたが、脳内にある前世の記憶領域を本人が無意識に現世の姿に改竄している可能性、若しくは俺自身が現世の姿形から前世の姿を変えて抽出している可能性。


 もう一つは、前世からの魂の容器として現世に転生する際、前世によく似た容器じゃないと転生出来ないという可能性の二通り。

 転生の時間が一定では無いのは、この容器が当てはまるのに時間がかかるのかも知れない。

 前説の場合、現世の姿と前世の姿が違う事になる為に、例えば俺が前世の知り合いに会ったとしても相手は気がつかないという事になる。

 そしてその場合、妹の姿を初めて見た時似ていると思ったのは、妹の身体その物ではなく魂を見ていたという事になる。


 そこは今後楓と接する事で解明していけるかも知れない。


 とりあえず俺は前世との区別を付けるべく、現状の楓の事を聞く事にした。


 当然前世とは家族も生活も全く違う、それによって、性格にも多少の変化は生じたりする。

 もしかしたら、それで俺が今後楓の事を妹ではなく、別人と認識出来れば……。

 妹でさえいなければ、俺のこの能力が無ければ……。


 たらればを言っていてもきりがない。まずは今だ、今のこの世で、現世生きて行くのだからと俺は隣に座っている妹……もとい、楓に視線を向け話しかけた。


「楓はさあ、中学の時は」


「ひうう!」

 俺が話しかけた途端楓は驚きの声を上げる……え? 何? まだ何も聞いて……。


「しぇ、しぇんぱいが、しぇんぱいが、があああ!」


「え? な、何?」


「ふわあああああ、しぇんぱいが、名前で呼んでくれましたあああ、ふわあああああ」

 楓は驚きのの表情から一転、顔を赤らめ、うるうるとした瞳で、蕩ける様な表情で俺を見つめてそう言った。


「あ……」


「これはもう……しゅ、しゅきあってると言って良いのでは!」


「しゅき……いやいや違う、違うから」

 しまった……つい妹に話しかける様に名前で呼んでしまったが、そうだよ、いきなり名前で呼ぶのはまずかった。

 駄目だ、距離感が掴めない……俺は改めて彼女を名字で言い直す。


「えっと……る瑠璃垣さんは」


「いや!」


「へ?」


「名前で呼んで!」


「いや、そ、それはもう少し仲良くなってから」


「さっき呼んだでしょ?」


「いや……それはつい」


「つい……そうか、つまりそれは先輩私の事を既に親しく思ってくれているって事ですね!」


「あ、いや……」

 まあ……親しいって言えば、そうなんだけど……元妹だし……。


「ねえせんぱーーい、付き合いましょうよおお、正式にいい」

 楓は甘えた声で俺にそう言いながらすり寄ってくる、くるが……だ、駄目だやっぱり……き、キモい……。


 妹に迫られているとしか思えない……。


 俺は迫る楓を手で止め、出来るだけ身体を離す距離を置く。


 改めて今置かれている状況に俺は頭を抱えた。


 一体俺はこいつと、どう接すれば良いのだろうか……。

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